白人の横暴 その3
「ペリー提督日本遠征随行記」には日本人の作る精巧な工芸品に感嘆し、蒸気機関以外この国では何でも作っていると書いている。また子供をあやしながら高札を読んでいる子守を見て識字率の高さに驚愕し、この国はいつか米国に刃向かう国になるだろう、と予測している。はからずも85年後にこの予測は実現する。
トロイの遺跡発掘で有名なシュリーマンも1865年、幕末の日本を訪れている。語学の天才だった彼はマカオ、上海などを通ってくる内に日本語も習得していたらしい。人夫や税関の侍の志の高さ、人々や街の清潔さに(清国との比較ではあるが・・・)ひどく感心している。
そして、一方ではこの国はこのままにしておくと西欧にたてつく国になる可能性がある、今のうちに叩いておけ、と言っている。その叩く手段が金と銀の国際レートと国内レートの差を利用した金買占めである。幕末に国外流出した金(小判)のため日本は未曾有のインフレに悩むのだが、この話はまたいつか。
ともあれ、誰も助けてくれる当てのない19世紀、帝国主義の世界にあって一歩間違えば日本は西欧の毒牙にかかってあっという間に植民地にされてしまう。そうならないために日本がとった道は・・・、そう、日本も帝国主義の国に生まれ変わることだった。産業を盛んにし、貿易で稼ぎ、軍備を増強する。西欧をお手本に必死になって学び、あらゆるものを西欧化しようと涙ぐましい努力を続けた。
19世紀末の世界では西欧人しか産業革命を起こせないと信じられていた。ダーウィニズムから発生した科学的人種差別主義(scientific racism)という学問があり、白人の知能的優位性は科学的に証明できるとされていた。John H. van EvrieによるNegroes and Negro "Slavery"は体の細部を検証し、黒い肌は細かい感情を表現できない、赤くなって怒ったり、青くなって悲しんだり音楽にふさわしい声と頭脳を黒人は欠いている。不器用な手体つきが直立不可能にできている。白人はすべての点で主人たる人種である。
Samuel Cartwrightはこう断じる。黒人は頭が白人より小さい、そのため知的力が弱い、音楽を奏でるが、白人のものとは異なる。血液の流れが不足、結果として心の堕落にいたる。自由が、黒人の生理学的病気の原因で、奴隷制はその治療手段である。
白人と有色人種、有色人種とチンパンジーでは有色人種とチンパンジーのほうが白人と有色人種より近い関係にあると信じられていた。みなは笑うかもしれないがそれが当時の常識だったのだ。
猿にも等しい日本人が白人国で当時有数の陸軍国であったロシアと戦い、辛勝をおさめたのは世界を驚愕させた。フライ級の高校生ボクサーがヘビー級のプロボクザーと試合をしてダウンを奪ったようなものだった。
有色人種でもできるんだ、米国の黒人はもとより、チャンドラ・ボーズ、ネール、ケマル・アタチュルク、孫文、エミリオ・アギナルドなど人種差別と帝国主義下の植民地で呻吟する愛国者たちに希望を与えた。
もしこの日露戦争で日本が負けていたら有色人種の独立は100年遅れたのではないか。20世紀初頭にアジアで独立していた国はシャム、今のタイと日本だけだった。シャムは英領インド、ビルマと仏領インドシナに挟まれた緩衝国で一部領土を英国に奪われたりしており、完全な独立国とはいえない。後に大東亜戦争中に英国の奪った領土を日本がタイに返還し、大変喜ばれている。
ともあれ、喰うか喰われるか、弱肉強食の帝国主義時代にあって日本はアメリカ、西欧を模範として頑張った。米国が中南米、フィリピンで、また西欧がアフリカ、中東で手に入れた同じ権益を満州に求め、台湾、朝鮮半島を手に入れた。遅れた民族の地域に文明を教授するのは先進国の名誉ある義務と信じられていた時代である。
こうして日本は世界の強国の仲間入りを果たしたが、それは有色人種による唯一の近代国家という前例のない、孤独な地位であった。余りにも優秀な生徒を前にして尊大な教師、白人国は苛立ちを隠せなかった。日本は紳士協定で日本から米国への移民を自主規制していたが、米国は日系移民の土地所有禁止、日本人子弟の公立小学校からの追放など嫌がらせをしたあと、1924年に日本からの移民を禁止する。ヨーロッパからの白人移民は差別なく受け入れていたのに、である。(続く)
画像はクイックルバザールから