チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

覚醒剤雑感

覚醒剤雑感

 
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2017年9月の再録です。まだ、絶対安静で動けません。

覚醒剤雑感

■タイでは1錠30円
日本では覚醒剤の末端価格は1錠5千円ほどという。タイでの販売価格はいかほどか。北タイには国境を接するミャンマー、ラオスから覚醒剤が流れてくることはよく知られている。地元新聞に、「お菓子並みの値段?ヤーバー1粒10B」の記事があった。

「6月27日、チェンマイ県チェンダーオ郡ムアンナ地区に住む38歳のラフ族の男性が、ヤーバー所持の現行犯で逮捕された。警察は、男が所持していた800粒以上ののヤーバーを証拠品として押収した。調べによると、ミャンマー側からのヤーバーの買取り価格は、何と1粒わずか10B。近年、タイ側での需要が低下し、価格の下落が続いている。輸入されたヤーバーがタイ側に入ると、1粒50Bで取引され、チェンマイなどの都市部では80-100B程で販売される。このため、ムアンナ地区では、1粒10Bの激安ヤーバーが日常的に流通していた。」


ヤーバーとはアンフェタミン系の覚醒剤、昔はヤーマー(ヤーは薬、マーは馬)と呼ばれ競走馬を興奮させるために投与されていたそうだ。日本でも戦後しばらくは疲労がポンと取れる「ヒロポン」という商品名で覚醒剤が広く販売されていた。1951年に覚醒剤取締法が施行され、事実上日本では販売禁止になったが、タイでは1970年代まで眠気覚ましの薬としてガソリンスタンドで買えたので、常用する長距離トラックやバスの運転手は多かった。

2000年代初頭、時のタクシン首相の下で麻薬の取締りが強化され、20g以上の麻薬を持っていたら死刑か終身刑という厳罰が科されるが、実際は麻薬犯は減らない。新聞を丹念に読むと、学校の先生が生徒に覚醒剤を売る、お坊さんが信徒に売る、警察官が運び屋をやる、といった具合で相当蔓延している。高校のゴミ箱には使い終わった注射器が捨てられているというから恐ろしい。ヤーバーの価格は1錠200Bと聞いていたが、供給過剰で現在は100B、仕入れが10Bだから学校では学割価格1錠50Bで買えるらしい。

■健全な日本
7月17日付のタイニュースクリップに「タイの麻薬関連逮捕者、過去9カ月で20万人超 覚醒剤1・3億錠押収」という記事があった。

(引用開始)タイ麻薬取締委員会事務局によると、タイ国内の2016年10月―2017年6月の麻薬の押収量は覚醒剤の錠剤1億2721万錠、覚醒剤の粉末3530キロ、大麻8296キロ、ヘロイン344キロだった。また、麻薬関連の逮捕者は20万4627人に上った。(引用終り)

9ヶ月間の逮捕者が20万超だから年間を通せば26-27万人に上るだろう。

警察庁発表によると、日本における平成26年の薬物事犯の検挙人員は約1万3千人、そのうち覚醒剤関係は1万958人と、前年より49人(0.4%)増加し、全薬物事犯の検挙人員の83.5%を占めている。また、粉末押収量は487.5キログラムと、前年より減少したものの、過去10年間で2番目に多い押収量となった。
粉末でタイの10分の1、押収した覚醒剤の錠剤に至ってはわずか56錠、タイと比較するのが嫌になるくらい。

■廃人への道
覚醒剤は酒井法子、田代まさし、尾崎豊など芸能人の例を見ても一度使ったらなかなかやめられない。覚醒剤を使用すると3日くらい眠らなくても活動できるし、得られる快楽も半端なものではないらしい。
しかし薬の効果が切れると、立ち上がることはおろか、口を開くのもしんどいほど衰弱、食欲も全くなくなり、一度眠ると死んだように眠りこんでしまう。でもいくら寝ても体力は回復せず、性欲も続かない、そして「幻覚、幻聴、恐怖心」という恐ろしい症状が現れてくる。壁や天井が歪んで見えるくらいから始まって、人が悪口を言っている、自分を殺そうとしている、次第に対人恐怖症に陥り、友人、家族などの対人関係が崩壊していく。この辛い状況を抜け出す唯一の方法は、更に覚醒剤を使う、それだけ。覚醒剤を使用すると元気100倍、自分にできないことはないと思うほど精気が漲るが、その効果もだんだん薄れ、更に薬が欲しくなる。そして幻覚、幻聴で殺人を犯したり、自殺をしたり。

■清原クン
タイやラオスでは麻薬犯罪は死刑か終身刑の重罪、でもバックパッカーのネット手記を読むと大麻やヤーバー、阿片は簡単に手に入るようだ。人に迷惑かけず、人知れず廃人になっていくのであれば、北タイの山奥でプカプカと阿片を吸って安楽に暮らす晩年も悪くはないと自分は考えるが、同じ意見という日本人は多くないだろう。

清原和博クンもラフ族の部落に暮らし、多少のおカネをばらまいていたら、褒められこそすれ、非難されることなく覚醒剤漬けの一生を送れたのに、と思うのだがやはり不謹慎か。



めざせ、ベトナム、ハロン湾

めざせ、ベトナム、ハロン湾

 
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未だ絶対安静のため、過去Blog再掲をご容赦くださいませ。妻より

 

めざせ、ベトナム、ハロン湾


■陸路ハロン湾へ
Nさんがバイクでベトナムに行きませんか、という。いよいよ長年の懸案であったベトナムツーリングの実現か。Nさんとは5年前にラオス縦断、3年前にはチェンライから南部のチュンポーンまでほぼタイを縦断するツーリングを共にしている。

Nさんは自転車競技団体で国際的な役職に付いておられる。それでタイ国内はもちろん、アジア各地で開催される自転車レースに出かけている。この春も、タイ人チームに同行してベトナムに行ってきたばかりだ。レースが終わってからハノイからバスでチェンライへ戻ってきた。空路でチェンライへ戻ってもよかったのに、わざわざ陸路で帰国ということは、バイクツーリングのため、道路状況視察の意味があったに違いないと思っている。

タイとベトナムの間にはラオスとカンボジアがある。チェンライから行く場合、ラオスを横切っていく。チェンライからハノイまで1044キロ、車で23時間とグーグルに出ている。3年前、「タカの渡り」を見に行った時、チェンライからチャイナート、604キロを1日で走ったが、ラオス国境からラオス国内、それにベトナム国内も片側1車線で山道だから、タイ国内と違ってスピードは出せない。時速50キロ走行ならハノイに到着するまでに3泊というところか。途中、ベトナム戦争の歴史的戦跡、ディエンビエンフーを通る。べトミン軍4万、フランス軍1万6千人が2カ月にわたって死闘を繰り広げた。フランス軍はここで破れ、ベトナムを去ることになった。フランス軍最後の砦、A1の丘とか戦勝記念博物館はぜひ見学したい。

■自動車保険
バイクですんなりベトナムに入れるか、というとそれほど簡単ではないようだ。アジアをバイクで横断する計画を持ったライダーがどうしても陸路でベトナムに入国できず、やむなくバイクを空路ハノイへ運んで、そこからツーリングを続けた、というレポートを読んだ。かと思うと、陸運局の許可もないのに、何事もなく出入国管理事務所を通ってバイクでベトナムに入れた、という旅行記もあった。入管によって扱いが違うらしい。

Nさんは3月にハノイに行った折、現地の知人にお金を預けてきた。タイでバイクの英文車検証明書を取り、それを知人に送ると、知人がバイクの保険を購入してくれる。外国を走る場合、保険がないと警察に停められた時、かなり揉める。ましてや事故を起こしたときは大変だ。ベトナムの保険が付保されれば、ベトナム国内に入っても安心して運転できる。また現地陸運局の手続きも容易になるだろう。

ラオスでは国境を出ると道端に何軒も保険屋さんが店を開いていて、そこでラオス国内の自動車保険が購入できる。ベトナムの国境がどうなっているかわからないので、あらかじめベトナムの保険が付保できれば安心だ。

■付保能わず
このようなやり取りがあったのは5月、6月初旬には出立できるのでは、と思っていたが、保険購入がスムーズにいかない。それじゃ保険はベトナムに行って考えようと、チェンライを発ったのは6月も末、26日のことだった。お互い慣れているから、タイ・ラオス国境にあるナーンの出入国管理事務所で合流、ということで別々に出発。自分は1148号、101号線といった間違いのない国道を走ったが、山道のカーブに慣れたNさんは間道をPCX135 で進んだらしい。

ナーンの入管事務所のあるフアイ・コン・ボーダー・パスに到着したのは、Nさんに遅れること15分、13時前だった。ボーダーに立つNさんが胸の前で両手を交差している。あれ、昼休みでイミグレが閉っているのかな。よく聞いてみると、この国境からラオスには入国できなくなったという。外人だけでそれも2年前から。二人でここからラオスに入ったのは5年前だったしなあ。で、別の入管がある国境のチェンコーンまで行くにはここから数時間はかかる。この際、出直すということにしましょう。というわけでベトナム行はその手前のラオス入国が果たせず延期となった。休暇を取るための苦労はないし、宿泊の予約もいれていないし、やめたらやめた、で誰にも迷惑の掛からぬ自由の身、またの機会を楽しみに、だ。

それにしても、自分はチェンコーンから、Nさんは別途ナーンからラオスに入ってパックベンで合流という当初の予定通りだったら、自分はラオスで迷子になるところだった。
Nさんは長躯、その日のうちに自宅へ戻ったが、自分は途中のプアで1泊、この日の走行距離389キロ。翌日の午後に帰宅、2日目の走行距離222キロ、空気の澄んだ北タイの山道600キロのツーリング、まあこれも決して悪くはなかった。



PCX135とフォルツァ、ナーンのイミグレ、ディエンビエンフーまで397キロ、北タイの山

■

体調不良のため再掲ご容赦ください 妻より

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フアヒン一人旅

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ベトジェットのパンフ

普通の水が20B、エビアンは85B

展望台への案内ボード

展望台フロア

ホッケ定食が850B

1階8番出口横のフードコート

フアヒン一人旅

今回は2022年9月に書いたブログです。認知度5、ふらつきどの時報なることかと思いましたが、両方共、今はゼロです。時折、熱が出て、その時はどこに熊が出ようと狸が出ようと、関係者は大変でしょうがニュースを見る気にもなりません。入院も3週間を越え、厚労省の指導でそろそろ退院準備です。ブログの再録ばかりではと思いますがばかりでは、と思いますが、ちらりと表題だけご覧んになって、どっこいいきていると思って下されば幸甚です。

■保険付きクレジットカード
話は2カ月前に遡る。テニスをしていると心臓の鼓動がおかしくなり、呼吸が乱れるようになった。少しハアハア云っているうちに納まる。ワクチン忌避の友人の発信によるとワクチン接種はディープ・ステートの陰謀で、接種者は血栓を起こして早死にするとある。自分も接種はしたくなかったが、しないことにはタイに戻ることができないので2回接種した。ワクチンのせいで胸が苦しくなるのか。それとも老人によくある不整脈か。

プレー中に胸が苦しく、呼吸が荒くなった。この時ペアを組んでいたのがたまたまチェンマイから来ていた外科医、自分の様子を見とがめて、既往症などを尋ねる。どうも心臓に問題がありそうだからできるだけ速やかに健診を受けなさい。

3年前に冠状動脈が詰まっていてステント手術を受けた。あの時は健診で心臓の異常を指摘され、検査即手術となった。手術代はクレジットカード付帯の保険が効いて自己負担はゼロだった。

国保に入っているので、医療費の大半は還付される。でも前回のように検査即手術となれば全額保険でカバーされるなら助かる。そこで、健診直前に公共交通機関の切符を買ったときから90日間疾病保険が適用されるというクレカでチェンライ―バンコクの航空券を買った。結局、心電図の検査は異常がなく、その後不整脈も出ないので普段通り生活を続けている。航空券は保険代と割り切ってそのままにする手もあったが、せっかくのバンコク行きの切符だ。どうするか。

チェンライに戻ってからの旅というとせいぜい1,2泊で近場をドライブする程度、今度は飛行機だ。この際、数日海辺でのんびりするか。バンコクの空港からバスで行ける海浜リゾートとしてフアヒンを選んだ。フアヒンは王族の静養地でパタヤより品がいい。いつもはGH泊まりであるが、今回は海沿いの高級ホテルを予約した。海の魚が食べられるだろう。この年になると楽しみは食べることしか残っていない。

■ペットボトルが500円?
チェンライからの便はLCCのベトジェット、代金を払えば機内でコーヒーやお茶、軽食が摂れる。機内で抹茶のペットボトルが販売されていた。
「京都より上質で茶葉を厳選して、健康に良いし、抗菌化作用を持つものもあります。飲むと、体がスッキリします。」ちと残念ではあるが日本語の説明がある。抹茶ではあるが抹茶ラテ、ミルクティーと単純な抹茶ではなさそうだ。300㏄程の小瓶だが抹茶ラテは520円、ミルクティーは360円とかなり高い。ちょっと自分には手が出ない。

チェンライからスワンナプーム国際空港に着いたのは9時50分だった。10時に空港からフアヒン行きのバスが出る。多分乗れないだろうなとは思っていたが、5分の差でバスは出てしまっていた。次発のバスは12時、出発まで時間があるので空港の探索に出ることにした。

スワンナプーム空港は4階建てであるがその一つ上に、展望台があることに気付いた。エレベータを下りてなだらかなスロープを登る。成田や羽田の展望台は滑走路が見えるが、ここの展望台からは滑走路は見えないし、建物の屋根や配管等で視界が妨げられて駐機している飛行機はいくつか見えるだけである。椅子も数ヵ所にあるだけでフロア自体も狭い。旅行客はほとんどいない代わりに空港職員のお姉さんたちが座り込んで、早い昼食を摂っていた。

■価格がリーズナブルな食堂も
スワンナプーム空港で誰もがもつ不満の一つは食べ物の値段が高いことである。ホッケの塩焼き定食が3400円、ギンダラの西京焼き定食が2400円、ハンバーガーが1000円、出発、到着フロアでペットボトルの水を買おうとすれば自販機で20B、セブンイレブンだと45Bだ。ところがエレベータで地下1階の電車乗り場のフロアに行き、ここのセブンイレブンで買えば1本7Bであることが分かった。

食事も1階8番口、パタヤ、フアヒン行きのバスチケット窓口横にエアポート・ストリート・フードという食券形式の大きなフードコートがあって、ここではカオカーム―、クイッティオなどのタイ食が50B(200円)ほどのリーゾナブルな価格で食べられる。

バスチケット売り場の前にはバス待ちの人が大勢たむろしており、近くのトイレは混んでいる。売り場から50mほど離れたところに待合フロアに通じる通路があって、そこのトイレは広くて清潔。トイレ手前には水飲み場があり、貧乏そうなファランが自分のペットボトルに水を補給していた。これならタダだ。

さて、バスは24人乗りの大型豪華バス、座席はベトジェットより広く快適、雨季特有の青天、雨天を繰り返す中をフアヒンに南下する。(続く)

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フアヒン一人旅

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ベトジェットのパンフ

普通の水が20B、エビアンは85B

展望台への案内ボード

展望台フロア

ホッケ定食が850B

1階8番出口横のフードコート

フアヒン一人旅

今回は2022年9月に書いたブログです。認知度5、ふらつきどの時報なることかと思いましたが、両方共、今はゼロです。時折、熱が出て、その時はどこに熊が出ようと狸が出ようと、関係者は大変でしょうがニュースを見る気にもなりません。入院も3週間を越え、厚労省の指導でそろそろ退院準備です。ブログの再録ばかりではと思いますがばかりでは、と思いますが、ちらりと表題だけご覧んになって、どっこいいきていると思って下されば幸甚です。

■保険付きクレジットカード
話は2カ月前に遡る。テニスをしていると心臓の鼓動がおかしくなり、呼吸が乱れるようになった。少しハアハア云っているうちに納まる。ワクチン忌避の友人の発信によるとワクチン接種はディープ・ステートの陰謀で、接種者は血栓を起こして早死にするとある。自分も接種はしたくなかったが、しないことにはタイに戻ることができないので2回接種した。ワクチンのせいで胸が苦しくなるのか。それとも老人によくある不整脈か。

プレー中に胸が苦しく、呼吸が荒くなった。この時ペアを組んでいたのがたまたまチェンマイから来ていた外科医、自分の様子を見とがめて、既往症などを尋ねる。どうも心臓に問題がありそうだからできるだけ速やかに健診を受けなさい。

3年前に冠状動脈が詰まっていてステント手術を受けた。あの時は健診で心臓の異常を指摘され、検査即手術となった。手術代はクレジットカード付帯の保険が効いて自己負担はゼロだった。

国保に入っているので、医療費の大半は還付される。でも前回のように検査即手術となれば全額保険でカバーされるなら助かる。そこで、健診直前に公共交通機関の切符を買ったときから90日間疾病保険が適用されるというクレカでチェンライ―バンコクの航空券を買った。結局、心電図の検査は異常がなく、その後不整脈も出ないので普段通り生活を続けている。航空券は保険代と割り切ってそのままにする手もあったが、せっかくのバンコク行きの切符だ。どうするか。

チェンライに戻ってからの旅というとせいぜい1,2泊で近場をドライブする程度、今度は飛行機だ。この際、数日海辺でのんびりするか。バンコクの空港からバスで行ける海浜リゾートとしてフアヒンを選んだ。フアヒンは王族の静養地でパタヤより品がいい。いつもはGH泊まりであるが、今回は海沿いの高級ホテルを予約した。海の魚が食べられるだろう。この年になると楽しみは食べることしか残っていない。

■ペットボトルが500円?
チェンライからの便はLCCのベトジェット、代金を払えば機内でコーヒーやお茶、軽食が摂れる。機内で抹茶のペットボトルが販売されていた。
「京都より上質で茶葉を厳選して、健康に良いし、抗菌化作用を持つものもあります。飲むと、体がスッキリします。」ちと残念ではあるが日本語の説明がある。抹茶ではあるが抹茶ラテ、ミルクティーと単純な抹茶ではなさそうだ。300㏄程の小瓶だが抹茶ラテは520円、ミルクティーは360円とかなり高い。ちょっと自分には手が出ない。

チェンライからスワンナプーム国際空港に着いたのは9時50分だった。10時に空港からフアヒン行きのバスが出る。多分乗れないだろうなとは思っていたが、5分の差でバスは出てしまっていた。次発のバスは12時、出発まで時間があるので空港の探索に出ることにした。

スワンナプーム空港は4階建てであるがその一つ上に、展望台があることに気付いた。エレベータを下りてなだらかなスロープを登る。成田や羽田の展望台は滑走路が見えるが、ここの展望台からは滑走路は見えないし、建物の屋根や配管等で視界が妨げられて駐機している飛行機はいくつか見えるだけである。椅子も数ヵ所にあるだけでフロア自体も狭い。旅行客はほとんどいない代わりに空港職員のお姉さんたちが座り込んで、早い昼食を摂っていた。

■価格がリーズナブルな食堂も
スワンナプーム空港で誰もがもつ不満の一つは食べ物の値段が高いことである。ホッケの塩焼き定食が3400円、ギンダラの西京焼き定食が2400円、ハンバーガーが1000円、出発、到着フロアでペットボトルの水を買おうとすれば自販機で20B、セブンイレブンだと45Bだ。ところがエレベータで地下1階の電車乗り場のフロアに行き、ここのセブンイレブンで買えば1本7Bであることが分かった。

食事も1階8番口、パタヤ、フアヒン行きのバスチケット窓口横にエアポート・ストリート・フードという食券形式の大きなフードコートがあって、ここではカオカーム―、クイッティオなどのタイ食が50B(200円)ほどのリーゾナブルな価格で食べられる。

バスチケット売り場の前にはバス待ちの人が大勢たむろしており、近くのトイレは混んでいる。売り場から50mほど離れたところに待合フロアに通じる通路があって、そこのトイレは広くて清潔。トイレ手前には水飲み場があり、貧乏そうなファランが自分のペットボトルに水を補給していた。これならタダだ。

さて、バスは24人乗りの大型豪華バス、座席はベトジェットより広く快適、雨季特有の青天、雨天を繰り返す中をフアヒンに南下する。(続く)

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2月の旅から

 
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2月の旅から
体調不良につき、2018年10月のブログを再録させて頂きます。入院して3週すぎました。


■プラチュアップキリカーンの日本料理店
今年の1月末から2月にかけてタイ南部のプラチュアップキリカーン、アンダマン海のパヤム島、並びにラノーンに8泊9日の旅をした。古い話なので、ほとんどは忘却の彼方であるが、断片的に印象深かったことを記録しておきたい。

プラチュアップは、タカの渡りの観察のため昨秋訪問している。今回は同行のIさんがプラチュアップでHさんに会いたいと言う。タイで約30年暮らす元バックパッカー、Hさんはバンコクで和食店「竹亭」を17年にわたってやっていたが、諸物価高騰のため店を畳まざるを得なかった。そして53歳からの再挑戦として奥さんの実家のあるプラチュアップで昨年、日本料理店「富士山」を開店した。Iさんはバンコクの竹亭に何度か行っており、Hさんとは顔見知り、開店にこぎつけるまでの苦労話をHさんのブログhttps://ameblo.jp/begrit/entry-12333031584.html で知っていたので激励に、ということだった。

■繁盛の秘訣
海辺の田舎町で日本料理店などやっていけるのだろうか、と思ったが店内はタイ人で一杯だった。Hさんは感謝の気持ちを持って、日々、みんなにどうすれば喜ばれるかを考えている。新しいメニューの考案、より新鮮な食材の購入、弁当の仕出し、イベントへの出店、常に前向きだ。

チェンライでもレストランは次々に開店するが、1年ほどで突然やめてしまう。コックが変わって味が落ちた、何時行っても変わり映えのしない料理、客足が落ちるとてきめんに出てくる従業員のやる気のなさ・・・・。NHKの人気番組、クールジャパンでクールとして取り上げられた100円ショップ、居酒屋、カラオケ、ラーメンなどは日々の努力で進化し続けている。同様にHさんの店には常に新しい発見がある。リピータを逃がさない、新しい客層の発掘など日本では当然の努力を地道に積み上げる、これが富士山の繁盛の秘訣だと思う。日本人には当然の努力がどうしてタイ人にはできないのか、10年タイにいてもわからないことの一つだ。

■カブトガニを食す
生きた化石として有名なカブトガニは、日本では天然記念物で、絶滅危惧種に指定されている。捕まえて食べたら多分、逮捕される。でもタイの海浜リゾートではごく普通に食卓に上る。カブトガニ博物館のある岡山県の人が、「カブトガニは食べると死ぬと子供の頃から聞かされてきた、食べられるんですね」、と感慨深そうに言っていたことを思い出す。

プラチュアップの海沿いに公園があり、夕方にオープンレストランが開店する。その屋台にカブトガニが並んでいた。1匹500B前後、一度は食べてみろ、と言われていたので注文し、Iさんとテーブルで待つ。カブトガニは甲殻類ではなく、蜘蛛やサソリの仲間に近い節足動物とのこと。皿の上の炭焼きカブトガニをひっくり返して薄皮を剥く。中に朱色の卵がびっしり詰まっていた。これを匙ですくって食べる。プチプチでもムニュムニュでもなく味は微妙。カニ味噌の味がしないでもないがしょっぱかった。カブトガニにはいわゆる身が殆ど無く、メスの卵だけが食される。

ネットでの反応はというと、

・カニの味とはほど遠く、カンブリア的・ピテカントロプス的な表現しがたい変な味。

・卵のグニュップチッとした歯ざわりが気持ち悪い。
味も大して美味しくなかったです。

・味は、カニですね。ハッキリ言って微妙。

・ほとんど味がしなくて、妙な生臭さを感じる程度。ハッキリ言って、ぜんぜん美味しくない・・・。


ただし少数だが肯定的な感想もある。人によっては…のようだ。

・旨い。海のカニのミソだ。それも上等の。
濃厚なコクと甘み…

・普通のカニのカニミソや卵の味と非常に似ている。うーん、まずまず美味しいではないか!

昔は山口県下関など一部地域では食用とされていたが、それほどおいしくないと理由で廃れてしまった。もし美味しかったら、養殖されて家庭の食卓に上ったに違いない。500B払うのであればエビやイカのほうがずっといい。

■カブトガニには毒がある
魚の毒と言えばフグのテトロドトキシンが思い浮かぶ。カブトガニの仲間にはフグと同じく、有毒プランクトンを食べ、テトロドキシンを蓄積する種類がある。
特にエラ付近に多いが、時期によっては卵も危険とのこと。ベトナムでは中毒死した例が報告されている。岡山県出身の人が言っていた「食べると死ぬ」は間違いではなかった。テトロドトキシンは神経毒で筋肉が段々動かなくなって死に至るが、意識は最後まではっきりしているらしい。

美味しいフグを食べた後なら本望、とは言わないが、あー、カブトガニなんて食うんじゃなかったと反省しながら死ぬのは御免被りたい。



写真は駅と日本料理店「富士山」、カブトガニ、プラチュアップの海
 
 

バンコクでも大洪水

チェンライの市場から

同上

同上

同上

蘭は50Bくらいから

大概のものは揃う





バンコクでも大洪水

■9月末からの集中豪雨

先ごろ、日本を襲った台風25号で各地に被害が出た。日本でも報道されているがバンコクでも集中豪雨により、市内各地が浸水、冠水の被害が広範に出ている。バンコクの洪水と言えばチャオプラヤー川の水が1日1-2センチずつ上昇し、バンコク低地が水に漬かるというのが定番だが、今回はバンコクとその周辺に降った雨が原因だった。

タイ、ニュースクリップ9月27日から。

バンコク東部で広範囲に冠水、運河が満水状態 27日まで大雨続く恐れ

バンコク東部で9月26日朝、広範囲にわたる浸水が発生した。チャチャート・シッティパン・バンコク都知事によると、東部一帯の運河がほぼ満水となり、主要15路線で冠水が確認された。

 都内では24日午後4時ごろから雨が降り始め、ミンブリー区、クローンサームワー区、サパーンスーン区などで26日朝までに累積降雨量が300ミリに達した。チャチャート都知事は、「バンコク北郊ノンタブリー県やパトゥム・ターニー県方面からも雨雲が流入しており、雨をもたらす強い低気圧がバンコク首都圏上空に停滞しているため、状況は改善していない」と説明した。

 バンコク都庁(BMA)は排水ポンプによる排水作業を進めているものの、セーンセープ運河、プラウェート・ブリーロム運河、ラープラオ運河、プレーム・プラチャーコーン運河など東部の主要運河は満水状態となっている。このため運河沿いの都民に対し、貴重品や車両を高所に移動させるよう呼びかけた。内務省災害防止対策局(DDPM)も26日午前9時22分、携帯電話への緊急警報を通じて、「バンコク都は運河の水位が危険水準に達し、さらに上昇する見込みと警告。運河沿いや低地に住む住民は、持ち物を高い場所に移し、貴重品を保全するとともに、不要不急の移動や交通を避けるよう求める」と呼びかけた。

 都庁は浸水地域の寝たきり高齢者や要介護者は病院に移送する方針で、避難が必要な都民には都庁管轄の学校を避難所として開放する。土のうは各区役所で配布。降雨が止まれば、多くの地域では6時間で排水できる見通しとしている。(引用終り)

■空港職員、出勤できず

その後も被害は拡大し、ドンムアン、スワンナプーム空港の周辺に浸水は及んだ。空港へのアクセスは基本、バスだから職員が空港に辿り着けない。空港自体は浸水していないから各地から飛行機は飛んでくる。但し、空港から市内までのアクセスがない。また、バンコクから地方都市、世界各地への乗り継ぎも空港職員が不足していて、荷物を処理できない。本人だけならどうぞ、といった状態らしい。航空各社はチケットの無料払い戻し、変更に応じている。タイ旅行を楽しんだ邦人の中には、空港に辿り着けず、帰国が遅れている人もいるだろう。

タイ政府は供給は十分と呼び掛けているが、各地で生活必需品の買い占めが起っている。また水上バイクで道路上を走り回る若者が逮捕されたりしている。これも文化の違いか。

千葉と同じくバンコク各所で水に漬かった車が放置されている。避難者は少なくないが死者は今のところ8人に留まっている。

■病状報告

9日に緊急入院して3週が経った。この間3回手術、熱があるときはPCに触る元気もなかった。手術では先生が体の負担を考え、全麻の薬を少なめにしてくれる。だが、手術終了30分前には麻酔が切れて口から2本の管が入って胃の中をグリグリしているのがわかる。喉への影響もある。声帯がやられ、ああ、これで自分の歌手生命は終わりかと思うくらい、術後の声がかすれる。幸い、胆道周辺の膿は取り除かれ、膿瘍も抗生剤で縮小した。日に日に体調は良くなり、PCでニュースを見るほどに回復した。入院以来、絶食、もしくは重湯程度で固形物は無し、その代わり、栄養点滴が1日中投与される。ここ何カ月か全く食欲がないので特に不都合はない。流動食も機械的に喉に流し込むだけ。ただ、大量点滴のせいで、腹水が10キロ以上溜まり、施餓鬼草紙の餓鬼のような姿になってしまった。立ち上がるだけでも息切れする。でも、昨日から利尿剤が処方された。トイレ通いはせわしいけれども、印旛沼と同じく、自分も体の排水作業に努めている。災害復旧と闘病生活を重ね合わせながらの日々だ。

実体験と仮説

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チェンライの花祭りから

同上

同上

同上

同上

同上

9月9日に10回目の入院、24日に入院3回目、通算12回目の内視鏡手術を受けました。せいぜい2時間ほどの手術ですが、術後2,3日は原稿を書く元気が出ません。それで2024年1月のブログ再録でご勘弁ください。入院は月をまたぎそうです。少しづつ回復しています。

実体験と仮説

■空港一つ見ても

訪日外国人の多くは成田か羽田空港に降り立つ。そして彼らが驚くのは空港の清潔さ、静けさである。税関を出る前にトイレを利用すればその驚きは倍加する。最先端の技術が駆使された便器、清潔であるばかりでなく、トイレットペーパーの質から手を洗う石鹸水に至るまでおもてなしの心が感じられる。自分もたまに帰国すると、おー、これが日本なんだよ、と外国人並みに感動する。タイ化しているのでとても当たり前の光景とは思えない。

バンコクにはスワンナプームとドンムアンの2つの空港がある。スワンナプーム空港は2006年の開港、成田空港の約3倍、3240ヘクタールの面積を誇るアジア有数の国際空港である。でも開港当初より、トイレや椅子、待ち合わせ場所は少ないなどの欠点が指摘されていた。今はだいぶ改善されているというが、搭乗待合室へ向かう通路にはインド人やタイ人が座り込んでいる。

空港ビルの7階は展望台となっている。広いけれども窓の外には大きなパイプが視界を遮っていて眺めはよくない。昼時には制服を着た空港職員のお姉さんや兄ちゃんが車座になって弁当を食べたり、ペットボトルのお茶を飲んでいる。ゴミ箱は各所にあるので通路や待合室にゴミが散らかっていることはないが、タイらしく雑然とした印象はある。

旧来からの空港、ドンムアンはチェックインカウンターがあるフロアには冷房がない。真冬に帰国ということで防寒の股引を穿いていた自分は炎熱地獄の苦しみを味わう羽目に陥った。空港内も外気温と同じという空港はアジアでは珍しくはない。ドンムアンの雑然度はスワンナプームを上回る。国によって空港の印象は様々だ。

 

■整理・整頓・清掃・清潔・躾

外国人観光客は日本の街を歩いてゴミが落ちていないことに吃驚する。ゴミ箱もないのにどうしてこんなにきれいなのだろう。そして日本人に倣ってゴミを袋に入れて持ち歩く。すると店の人が「ごみ、お捨てしましょう」と申し出てくれる。感動は倍加する。チェンライでは絶対できない体験だ。

チェンライの目抜き通りはきれいなほうだと思うが、ペットボトル、飲みさしのプラカップなどが街路樹の根元に置いてある。スーパーやコンビニのレシートはそこら中に散らばっている。そういった風景を見慣れているので、偶に帰国すると街中のみならず、ちょっと狭い路地を抜けるときごみが落ちていないばかりか、玄関先に可愛い花や植木の鉢や花壇がある。住む人の趣味の良さ、品格がおのずと偲ばれる。

海外では路地に入り込むと犯罪に巻き込まれること必至と言われているが、東京は大都市であっても路地の隅々まで安全、安心、そして5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)が行き届いているように思う。

 

■1つのヒントで仮説を立てる

ベトナムのダナンで宿泊したホテルは海岸の大通りを一本、陸側に入った、車が1台通れるかどうか細い道に面していた。道は凸凹していたし、ゴミだらけ、食堂の裏手になっているので生ゴミ入りポリ袋も雑然と転がっている。子猫より大きなネズミが道の真ん中に転がっていたが2泊3日の滞在中、ネズミはそのままだった。

この細い道から大通りに抜ける道は更に細い道、両側は小食堂や民家、中で食事中の家族などを観察できる。海岸沿いの高層ホテル群と好対照である。それでもダナンの路地は暗いし、人はあまり通らないからあたりを警戒しながら歩いた。

夕食から戻るときだったから時間は7時半か8時だったと思う。細い路地を子供が走ってくる。そして路地に面した一角にはいっていった。窓の中を覗いてみると狭い机と椅子にぎっしりと小学生が座っている。これは塾に違いない。チェンライでは小中学校の通学では親が送り迎えをするのが普通だ。塾もあるのかもしれないが夜遅くになるから親の送迎は当り前だ。

でも細い路地には車は入れないし、遅刻してきたと思われる子供が走ってきたところを見ると親の送迎はないようだ。ということは、ダナンでは子供は夜、自分で塾に通う。これだけで判断するとダナンはチェンライより安全な街ということになる。

旅先ではこのように自分なりの仮説を立てることがある。この後、ベトナムの民家の防犯対策(塀、鉄条網、窓の鉄格子など)を観察して「ベトナムはタイより安全」の仮説を確かめる。旅先から戻ればネットで犯罪件数、率を調べたりする。更にそれが自分の体感した街や路地裏の清潔度と関連するかなどと考える。ボンヤリとベッドに横たわって考えているうちに眠くなって寝てしまう。多分、こういった調子で恍惚の人となっていくのではないか。