チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

Entries from 2010-06-01 to 1 month

介護ロングステイ17ヶ月

介護ロングステイ17ヶ月 タイに来てから17ヶ月、その間、兄は何度か一時帰国しているし、自分も2回ほど比較的長期の海外旅行をしている。また、兄弟でスコタイ、カンチャナブリ、メーホーソンなど2泊程度の国内旅行には何度も出かけた。これも母の病状を理解…

誰のための安全保障?

誰のための安全保障? ウズベクにいたときは、緊張していたし、見るもの聞くもの珍しく、ブログ原稿の種に困るようなことはなかった。多いときには10本くらい原稿のストックを持っていた。メール配信をチェンライで再開したが、このチェンライの温暖な気候が…

Evacuation Flightの思い出 3

Evacuation Flightの思い出(その3) ■4.島民挙げての救援活動■ 当時、通信機関も救助機関もない離島のこととて、救助は至難を極めたという。怒涛に揉まれ、岩礁にさいなまれ、瀕死のトルコ人達に対して、大島村民は村長沖周の指揮のもと、人肌で温め精魂…

Evacuation Flightの思い出 2

Evacuation Flightの思い出(その2) 救援機でテヘランから脱出した思い出を前号で書いた。1985年にやはり日本人がテヘランから救援機で国外へ脱出した。しかしこのときは日航機ではなく、トルコ航空機であった。なぜトルコ機だったのか。これには120年前に…

Evacuation Flightの思い出

Evacuation Flightの思い出 前号でモロー総領事のフォーラム出席の話を書いた。そこで米国はいざというときは自国民を救出するという強い意思を持ち、そのための手段を講じていることを知った。最悪の事態が起こったときは米軍の救援機が飛んでくる。救援機…

チェンライ・エキスパッツ・クラブ

チェンライ・エキスパッツ・クラブ Chiang Rai Expats ClubというNPO団体がある。米国人、英国人を中心に60名ほどのメンバーがいる。チェンライに住む者同士友情、を深め、生活の質を向上させ、楽しい集まりを持ちましょう、という一種の社交クラブだ。毎月…

タンブンと支援

タンブンと支援 タイの人は「先日は大変お世話になりました」とは言わないそうだ。何かお世話をしてあげたほうでも御礼の言葉を期待していない。日本人であったら、例えば家に招待してもらって大吟醸をご馳走になった、日本土産の蒲焼を貰った、チェンマイに行…

タクシン氏の毀誉褒貶

タクシン氏の毀誉褒貶 5月19日から28日までチェンライにも夜間外出禁止令が出された。一時はどうなることかと思ったが、幸いチェンライではさしたる事件もなくごく平穏に過ぎた。バンコクで市街戦が行われているさなか、プーケット県知事が「プーケットには日…