思いこみ
■自分ができれば
誰でも自分を基準として考える。だから自分ができることは他人もできると思いこむ傾向がある。半世紀も前、体育の授業で行進曲にあわせて歩いていた。隣のN君が曲に合わせて、ドソミソ、ファミレとか口ずさんでる。驚く自分に、彼は「聞けばわかるじゃん」と言う。曲を聞いたら音階、音符が頭に浮かぶ、は彼にとって当たり前のことでそれができない人がいる、は彼にとって不思議なことらしかった。
ウズのカレッジでは英語で授業をやっていたが、実はあまり得意ではない。英語には数々の恨みがある。外人と同席する場合、一番英語ができる人が話す。その人がいない場合、次にできる人が喋る。誰もいなければ仕方なく自分が外人の相手をする。現役時代の英語レベルはその程度。海外勤務の同僚と国際交渉の場に同席。相手が彼にやり返して、お互いアハハと笑う。同僚が自分を返り見て言う。ネ、わかったでしょ。ワカラネーヨー。英語ができる人は自分ができるのだから、他人も同じ、もしくは自分と近いレベルで英語を理解できると思いこんでいる。
スポーツでも同じだ。この年になってウィンブルドンを目指すわけではないから、まあラリーが続いて、時にはボレーが決まれば嬉しい。その程度の素人テニスだ。しかし、上級者から見ると歯痒くて仕方ないらしい。どうしてあそこで前に出るの、2歩うしろで守っていれば、チャンスボールだったのに、ああ、サーブを打ったら前に出ないと。仰ることはご尤もなれど、実質60の手習いで始めたテニス、老犬が芸を覚えるのは至難の業なのです。
■日本人も同じことを
人に思いこみがあるように、国にも思いこみがある。自分たちの国がそうしてきたのだから、他の国も同じことをやったに違いない、と思う。
白人国はキリスト教以外の異教徒は皆殺し、ただ処女だけは残して兵士の慰み物にする。彼らの歴史はこの繰り返し。旧約聖書で神様がこの行為を奨励している。
イスラエルの人々は男を皆殺しにし、ミデアンの女たちとその子供たちを捕虜にし、その家畜と、羊の群れと、貨財とをことごとく奪い取り、
そのすまいのある町々と、その部落とを、ことごとく火で焼いた。
モーセは軍勢の将たち、すなわち戦場から帰ってきた千人の長たちと、百人の長たちに対して怒った。
モーセは彼らに言った、「あなたがたは女たちをみな生かしておいたのか。 それで今、この子供たちのうちの男の子をみな殺し、また男と寝て、男を知った女をみな殺しなさい。 ただし、まだ男と寝ず、男を知らない娘はすべてあなたがたのために生かしておきなさい。(旧約聖書民数記31章より抜粋)
ハワイ大学のハーバート・ジーグラー准教授は米国の歴史教科書に「日本軍は部隊に20万人の朝鮮人女性を『天皇陛下からの贈物』として提供した」と書いた。これは旧約聖書の「神様からの贈物として処女を与える」、を念頭に置いたものだ、と元産経新聞記者高山正之氏は言う。
日本軍が敵兵の頭をゆでて食べた、と書いた支那人記者もいる。人肉食は支那の文化、日本人も同じことをするとの思いこみだろう。南京大虐殺の虚構も、自分たちならこうした、の思いこみ、いや現実を日本に擦り付けたもの。実は南京虐殺は1900年代に4回あり、すべて支那軍によるものである。特に昭和24年の共産軍による第4次南京大虐殺では10万から15万人、市民の3人に1人が殺されたと言う。南京大虐殺と言う人には、確かに虐殺はありましたが、どの南京虐殺事件ですか、と質問してみたい。
■反日思いこみ集団
日本を攻めてくる国なんかない、尖閣など中国にやってしまえ、北朝鮮籍でも中国籍でも無条件で日本国籍を与えるべきだ、などという人が都知事選に立候補していた。何せヒマなので何度か彼の街頭演説を視聴した。応援演説もスゴイ。20歳と言えば大人、別荘について行ったのだから、キスくらいは当たり前、匿名の被害者の証言など信用できない等々。ひどい目にあったお婆さん本人が言うのだから真実、ヘリコプターで連れて行かれたなんて、少しくらい記憶が不確かなところはありますよ、慰安婦に謝罪と賠償をすべきです、と言っていた女性議員が淫行疑惑候補を擁護する。
ボクはノーベル賞が欲しいわけではないが、東京の非核都市宣言をします、気の利いたジョークを聞いたが如く、大笑いをしながら頷く支援者の群れ。
音楽や語学、スポーツの思いこみは技能レベルの違い、努力の差と簡単に説明できるが、この人たちの思いこみはどう説明していいかわからない。理解しがたい思いこみ集団が130万人もいたことに愕然としている。
写真はランパンのポンサヌック寺