チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

雨に想う

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雨に想う

■雨季真っ盛り
チェンライでは7月から9月は雨季となっている。平均雨量は7月317弌8月368弌9月280个澄10月になると132个半なくなる。東京の平均雨量を見ると7月162弌8月155弌9月209弌各月の降雨日数は10日前後だが、チェンライの場合、月のうち20日以上雨が降っている。雨量も日本の倍ほど。

我が家の近くで降る雨はメーコック川からメコンに注ぐ。ラオスメコン中流に位置するパクセで計測されたメコンの流量(立方米/秒)は5月はわずか1,810であるが、9月には24,415 と10倍以上に増加する。メコン上流で降った雨は9月から11月にかけてラオスカンボジアベトナムに洪水をもたらす。洪水といっても日本のようにどっと水が押し寄せるわけではなく、1日に3センチ、5センチとゆっくりと水位が上昇してくる。鉄砲水ではないから、動物もそれなりの対策がとれるのか、ワニやニシキヘビが洪水と共に流れてくる。
カンボジアのトレンサップ湖あたりでは洪水がなければ農業、漁業が成り立たない。水位の上昇に合わせて1日数センチ伸びる水稲もあるとか。ともあれ、洪水になって水が引くまで2,3か月はかかる。メコン流域の農業、漁業はモンスーンの雨による洪水の絶妙なバランスの上に立っている。洪水の被害と恵みはコインの裏表のようなものだ。ルアンプラバン、アンコールワット、バンチェン遺跡、これら世界遺産は、メコンとその洪水無しには存在しなかった。

こう思うと、突然のスコールにも歴史的に深い意味があることに気づく。

■変わりやすい天気
チェンライに住んで7年半になるが、この雨季の天候にはまだ慣れない。というのは1日のうちで目まぐるしく天気が変わるからだ。明け方から雨、朝食の時間になっても、黒い雲が立ち込めて、断続的に強い雨が降る。ああ、今日はずっとこんな天気かな、と思っていると突然、雲が切れて陽光が差し始める。劇的な変化だ。雨が降ったなら、しばらく曇りとなり、少しずつ明るくなって薄日が差してくる、これが天気における仁義というもの、という刷り込みがある。だがチェンライではまっ黒な雲が切れた途端に直射日光が降り注ぐ。ちょっと待ってくれ、こちらも心の準備がいるんだ、と言いたくなる。

こういった天候の下で生まれ育ったからか、女中さんはカンカン照りでも、あ、今日は雨になりますよ、という。まあ、雨季は月のうち20日以上は雨が降るのだから、「今日は雨になります」は70%の確率だ。チェンライ県内について、であったら雨の確率は100%、必ずどこかで降っている。
チェンライにはあまり高い建物がないから、どこからも広い空が臨める。山の近くに雲がかかり雲から地面へ向かって黒いカーテンがかかっているように見える。黒いカーテンは、激しいスコールが降っているところ。スコールはごく狭い範囲に集中する。遠くの豪雨を見物できる、こんな経験ができるのもチェンライに住んでいるお陰か。

■虹の妄想
降ったり、晴れたりの天気であるから、虹が見えることが多い。日本ではほとんど虹を見たことがないから、来た当初は感動したものだ。タイの少数山岳民族、リス族の娘は藍、青、緑を主体としたカラフルな帯を締める。彼らの口承神話によると、神様が虹を取って、リス族に帯として与えたという。こんな話を思い出すほどはじめは感動したが、長く住んでいるうちに、あ、虹か、チェンライ名物、車の逆走と同じくらいの普通の出来事になってしまった。

2,3年前、日本から来た女性を案内したことがあった。ドイ・メーサロンから山を下ってチェンライ市内へ向かう途中、きれいな虹がかかっていた。自分は気が付かなかったが、女性が、あ、虹、虹、と大騒ぎするので、チラリと空にかかる虹を眺めた。虹を見るなんて久しぶり、何かいいことがあるかしら、と妙に感情が高ぶっていた。こういう風に女性が感情が不安定な時に、ロマンチックなリス族の言い伝えとか、ワーズワースの虹を朗誦してみたら何かいいことが起ったかもしれないなあ、と今になって、窓の外に降る雨を見ながらぼんやりと考える。

ウィリアム・ワーズワースの詩「虹」(壺齋散人訳)

  空にかかった虹を見ると
  私の心は高鳴るのだ
  少年の頃もそうだった
  大人となったいまもそうだ
  年老いてもそうありたい
  でなければ死をたまえ!
  少年が長じて大人となる
  だから私は少年の頃の
  敬虔な気持を持ち続けたい

My Heart Leaps Up -William Wordsworth

  My heart leaps up when I behold
  A rainbow in the sky.
  So was it when my life began;
  So is it now I am a man;
  So be it when I grow old,
  Or let me die!
  The Child is father of the Man;
  And I could wish my days to be
  Bound each to each by natural piety.

写真は今咲いている花