■城壁内部が国
ウズベクにいた時、砂漠に点在するカラを訪ねた。カラとは内城を意味する。日干し煉瓦や土を盛り上げて作られた城壁に守られた市街地である。ウズベキスタンのヒヴァに現存するイチャン・カラは世界遺産に指定されている。ウズベクの砂漠には忘れ去られたカラが無数にある。歴史家、ヘロドトスは紀元前5世紀にその数1000と書き残している。荒れ果て、崩れかけた城壁に立って、マケドニア、ペルシャ、アラブ、元などの異民族の攻略に滅びた民族の悲哀と恐怖を思ったものだ。見渡す限り地平線で隠れる所はないから城壁の中に籠って、敵が去るのを待つだけ。城壁が破られれば、若い女を除いて皆殺しになる。中央アジアだけでなく、欧州も中国もインドシナも陸続きだから、ある日、突然異民族が襲ってくる経験をした。
独語でブルグ、仏語でブール、英語でバーグが付く地名は多いが、それぞれ城壁とか砦を意味する。チェンマイ、チェンライなどタイにはチェンが付く地名があるがチェンは「城壁」の意味。漢字の「国」は以前、「國」と書いた。「國」は、「戈」は矛で武力、「一」は土地、「口」は領土を表した。武力で守られた領土、「或」が「くに」を意味し、後に、それが国構えをつけ「國」とした。国構えの□(四角)は周囲を囲うこと、囲まれた領域・円形などに関わることを示す。国構えのある漢字、囚、囮、園、圏、団などを思い出せば感覚がつかめるだろう。要するに国とは城壁で囲まれた領域である。チェンマイ、チェンライ、ランパン、ナーン、プレーなど北タイの各都市は城壁に囲まれていたから、中国でいうところの「国」であった。
■城壁の模倣、殲滅戦をしない日本
奈良の都、平城京は唐の都、長安城がモデルといわれている。両者の構造はとても良く似ていて、碁盤目状の直線道路で整備された都の北側中央に宮殿があり、その前面に長大なメインストリート（朱雀大路)が通っている。宮殿の北に庭園が広がり、京の東西に官営の市場、東南隅に苑池（えんち）があることも偶然の一致ではない。ただし、平城京には長安城のような都を囲む城壁はつくられなかった。城壁などを造ると却って敵を刺激して攻め込まれる、というリベラル思考が当時でもあったかどうかは知らない。多分、島国であるから辺境の異民族の侵略はない、とみて長安に比べ軍事的色彩のない平和都市としたのだろう。奈良時代にも藤原広嗣の乱、藤原仲麻呂の乱があったが、戦死者も少ないし、流罪で命を助けられた関係者は多い。蝦夷や隼人など地方の反乱もあったが殲滅戦は行っていない。戦国の世でも例えば、甲斐の国の老若男女すべてを殺したり、奴隷にするということはなかった。それどころか信玄、勝頼に仕えた武士が武田家滅亡後、何人も徳川家康や譜代大名に召し抱えられている。
■同胞意識
この点、異民族と戦うとどうなるか。処女を除いて皆殺し、殺されなくても奴隷にされる。言葉も宗教も違う異民族なのだから「話せばわかる」はまず無理。同じ人間と見ること自体間違っている。
ISILはイラク北部でヤジディ教徒の村々を襲い、男は一か所に集めて全員射殺、女性は戦利品として兵士に与えられた。その数6千人を越えるという。ISILに入れば若い女とやり放題だぜ、と嬉しそうに言っている兵士をニュースで見たが、これは欧州で、中央アジアで、インドシナで、中国で、とにかく陸続きで異民族がやってくるところでは当たり前の出来事だった。中国辺境では今も同じような「民族浄化」をやっている。
ところで、イラクや中国ウイグル自治区で、一人一票の総選挙を行なったら、モスレムもヤジディ教徒も、またウイグル人も漢人も民主化してよかった、と喜ぶだろうか。
タイでは城壁に囲まれた小都市が、異民族との間で殲滅戦を繰り返してきた。同じタイ国民となった今でも国民同士、お互いに越えがたい不信感がある。あの人と私が同じくタイ人と呼ばれることに抵抗感がある、ましてやあの人と私が国政選挙で同じ1票、それは正義に反する、こう思っているタイ人は少なくない。
今年の夏にタイでは憲法案の賛否を問う国民投票が実施される。憲法案が承認されると2017年6月に総選挙が実施される。しかし、この憲法案は実質的に軍政継続を意図したものであり、与党もすでに反対を表明。憲法案を批判した野党タクシン派の元閣僚は逮捕されている。
同じ日本人じゃないか、と我々が言うように、タイ国民が同じタイ人じゃないかと同胞意識を持つようになるまで総選挙などしないほうがいいのではないか、と個人的には思っている。
写真はチェンライの市場から、ドリアンも安くなってきました。
