チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

チェンマイ旅行

ターペー門近くの堀

鳩も観光客少な目

夜の城壁

ターペー門、城内を臨む

カフェ

愛想のいい子だったのでフラッシュ撮影してあげた

 

チェンマイ旅行


■チェンライとチェンライ
自分は昨年11月、兄は今年の3月に日本からチェンライに戻ってきた。一緒に暮らしはじめて数カ月になるが、その間二人で旅行に行っていない。昔は腰が軽くて、チェンマイ、スコタイ、メ―ホーソンにドライブ、それにチェンライ県内なら数十キロ車を飛ばして、観光や食事、或いは友人宅を訪ねたものだ。ところが最近は外食に出ることもまれになった。感染症の影響で、無意識のうちに外出を自粛しているのかもしれない。

チェンマイはチェンライから約200キロ、タイ国有数の観光都市であるから、見所もレストランもホテルも充実している。チェンマイはタイの京都、チェンライはタイの奈良と言われる。当たらずとも遠からずだが、両都市の発祥は13世紀末のランナー王朝だから古都と呼ぶには少し違和感がある。

チェンマイ県の人口は180万、チェンライ県は130万と人口でそれほど大きな差があるようには見えない。でもチェンマイは近代的な文化大都市、チェンライは田舎町というイメージがある。チェンマイ日本国総領事館が管轄する北部9県の在留邦人は3000人強で、そのうち3分の2はチェンマイ県在住、日本人補習授業校もある。チェンライ県在住邦人は300人前後ではないか。外人向けレストランも量、質において両県は比較の対象とはならない

母の生きていた頃はちょっとイタ飯を食おうとか、気軽にチェンマイまで車を走らせたものだ。両都市の距離は約200キロ、もちろん泊りがけとなる。
日本に帰国していたし、ここ3年、チェンマイには行っていない。兄も同様だ。休養も兼ねて2泊3日のチェンマイ旅行に行ってみよう。食べたいもの、行きたいところは特にないがチェンマイで買いたいものはある。

■118号からチェンマイ市内へ
道路は主として国道118号を走る。ここ数年、道路工事が続いていて、砂利道の交互通行の箇所があり、いつもより1時間以上余計にかかることがあった。また豪雨で道が流されたり、工事会社が倒産したりといつ開通するのかと案じていたが、自分の日本滞在中に何とか全線開通したようだ。チェンマイ県内の118号線は片側2車線となり、これまでバスやトラックの後ろに付くと、特に登りではイライラさせられたものだが、今はスイスイ追い抜ける。感染症の影響で観光バスや定期バスがまだほとんど走っていないのでドライブはさらに快適となる。ところどころにUターン個所があり、通り過ぎた食堂や国立公園に立ち寄りやすくなった。こうしてみると、中進国の発展ぶりは道路ひとつとっても確実に実感できる。

ホテルは兄がネットで予約したチェンマイ旧市街の4ツ星ホテル、プール、朝食付きで1泊800B、まだ観光客が戻っていないので特別割引価格となっている。プールではファランの娘さんがデッキチェアに横たわっていた。

■ターペー門と城外を歩く
チェンマイ旧市内は東西南北1辺がおよそ1.5キロの城壁に囲まれている。城壁には5つの門があるが、5つの門のなかで唯一、扉のある門がターペー門だ。門の城内側はデモやイベントの集会場となる大きな広場となっている。

ホテルから10分、ターペー門まで歩いてみた。マスク着用者はほとんどいない。家族連れのファランが多い。14,5歳、金髪少女の短パン姿を凝視した。色白で足が長い。ちょっと目が合うと微笑んでくれる娘さんもいる。日本なら女子高生に「キモッ」と睨みつけられても仕方ないが、ここは観光都市、開放的で大変よろしい。

ターペ―門には餌を与えるので数百羽の鳩がいる。鳩が集まったところで、男が盥を叩いて大きな音を出す。すると鳩が吃驚して一斉に飛び立つ。鳩の群舞と共に写真を撮る。これがチェンマイの観光定番となりつつある。ただは鳩の数も観光客の人出も今一つ、門前は大きな広場となっているだけに一抹の淋しさを感じる。

門の木扉はランナー朝のチェンマイ遷都当時、つまり14世紀初めの制作かと思ったら、1985年に古文書をもとに再建されたものという。城壁に沿った道路の向かい側にはレストラン、カフェ、コンビニが立ち並んでいる。道路に面したテーブルには煙草を燻らすファランが座っている。

更に門を背中にして東に歩くと小ホテル、GHが目に付く。左右の小路に入ると一人100B以下で済むようなタイ庶民食堂があちこちにあって、テーブルではファラン一家が食事をしていたりする。欧州は今、夏休み、かなり前からバカンスの計画をたて、計画通り、チェンマイに来たのだろう。散財だけが旅ではない。つましくタイ料理を囲むファラン一家を見ながらそう思った。