チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

タイ人の精霊信仰 3

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タイ人の精霊信仰(3)

■身近なピーの存在
自分の周りにいるタイ人はピーの存在を信じているようだ。
死んだ人が所有していたピックアップ・トラックからブーブーという警報音が鳴りだした。車を借りた人が半ドアで放置していたためで、ドアをしめ直したら警報音は止まった。しかし、これはピーとなった故人が警報を鳴らしたと怖がった人が大勢いた。また、おばあさんが住んでいた大きな家があったが、おばあさんのピーが出たら怖いというので、誰も住まず、結局取り壊された。こういった話はよく聞く。

女中のブアさんもインさんのピーを怖がっていて、タンブンを欠かさない。インさんは我が家でブアさんと一緒に働いていたのだが、辞めてから1月足らずで亡くなった。体調が悪く、辞める前は日中、母と一緒に寝てばかりいた。健康なブアさんは、働かない(働けない)インさんをなじったことがあるのだろう。その罪悪感がインさんのピーの存在とオーバーラップしているようだ。母のところにも度々、インさんのピーが現れると言っている。自分はもちろん見たことはない。

ピーは4種類に分類できる、善玉のピーもいると学者のレポートには書いてあるが、どうやら自分の周りのタイ人にとって、ピーは怖いもの、祟りをもたらす悪霊そのものと言えそうだ。ピーからの災厄を逃れるためには、どうすればいいか。お寺へのタンブンが一番だ。それも徳の高い坊さんにタンブンするのがよい。日本でいうところの霊媒師や巫女、シャーマンも出番があるのだが、自分の周りでは山岳民族を除いて、一般的ではないように思う。

■幽霊譚の陰から見えるもの
ナン・ナークの物語では、ナークの遺骸を掘り起こし、顎にロウソクの火をかざして、垂れ落ちる汁から「惚れ薬」を作ろうとした霊能者がナークの霊によって首をへし折られる場面がある。お寺の見習い僧もナークにとり殺される。この物語は色々なバリュエーションがあるのだが、シャーマンはナークを成仏させることができず、徳の高い坊さんだけが凶暴化したピーを鎮めること成功する。この筋書きは一貫している。ナン・ナークが成仏した後、夫のマークは高僧の勧めで出家して妻の菩提を弔う生活に入る。

この物語の成立したのは19世紀末と書いたが、19世紀末から20世紀初頭と言えば、タイ王室による仏教の国教化が進められた時期と重なる。裏読みするならば、ナン・ナーク幽霊譚は、伝統的精霊信仰からくるピーを鎮めるのは、やはり仏教しかいないよね、という仏教至上主義のパブリシティであったと言える。更に言えば、高僧がナン・ナークの頭蓋骨を磨いて「約束の石」を作り、死ぬまで身に付けていた(額の骨をバックルにしたともいう)。そのナークの霊が封じ込められた「約束の石」はラーマ5世の息子、チャムポーン王子の所有になったが、その後行方が分からないということになっている。これは高僧の徳が王族の徳と同等であることを象徴している。ナン・ナークは仏教と王室にとって都合のいい話だ。

■どこまでが本当か
ナークがピーだと気付いた夫マークが逃げ込んだというワット・マハーブットはバンコクBTSオンヌット駅から1キロ、プラカノン運河沿いに実在する。ナークの遺骨とか赤ん坊のミイラが祀られているらしい。ナン・ナークを映画化する前にはスタッフが祟りを避けるためお参りすることになっている。四谷怪談を上演する前に役者や関係者が四谷左門町の於岩稲荷をお参りするのと同じだ。

ワット・マハーブット参拝のご利益は、出征中の家内安全、愛する人が無事自分のもとへ戻ってくる、という真っ当なものから、宝くじが当たる、兵役を免れることができるといったものまで様々だ。最近はナン・ナークの映画を見て感動したから、という理由で参拝する人も少なくない。

ナン・ナークとはナーク夫人、ナークさんくらいの意味。昔、出征した夫を待ち続けたという奥さんが実在したというが、死後、夫を思うあまりピーとなり、村に災厄をもたらした、というのはフィクションである。

日本はすごいな、と思うのは日本には、タイの女子大生に「あんた、バカじゃないの」と言われながらも、真面目にピーの研究をしている大学の先生がいるということだ。自分の「タイ人の精霊信仰」シリーズは、実を言うとそういった碩学のレポートを参考にさせてもらった。受け売りと言ってもいいくらいである。厚く御礼申し上げる。

興味のある方は
「ナーン・ナークの語るもの、-タイ近代国家形成期の仏教と精霊信仰-」http://d-arch.ide.go.jp/idedp/ZAJ/ZAJ200201_003.pdf

「タイの精霊信仰におけるリアリティの源泉、-ピーの語りに見る不可知性とハイパー経験主義-」
http://crf.flib.u-fukui.ac.jp/dspace/bitstream/10461/4932/1/%E6%B4%A5%E6%9D%91%E6%96%87%E5%BD%A6.pdf

等をご参照ください。


写真は上の二枚が3月封切りの映画のスチール写真、なんとなくコメディ風。その下は「ワット・マハーブット」一番下が「ワット・マハーブットのナーク像」です。