チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

タイ人の精霊信仰 2

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タイ人の精霊信仰(2)

■ ナン・ナークのあらすじ
「どうしたの、君の顔、お岩さんのようだよ」と言えば、ほとんどの日本人は鶴屋南北作「東海道四谷怪談」のお岩を思い起こすだろう。
それと同じように、手をスルスルと伸ばすしぐさをして見せると、ブアさん達は「ナン・ナーク」を連想するみたいで怖がる。
国民的幽霊譚、「ナン・ナーク」はどのようなものか。

話の舞台はチャクリー王朝初期である。ところはバンコク郊外、水辺の村プラカノーン。主人公のナークは村長の娘、容姿端麗なナークにはあまたの男が言い寄り、求婚したがナークには自分の夫と決めた人がいた。その男の名はナイ・マーク。マークは両親を早く亡くし、裕福ではなかったが心のやさしい男だった。マークはほかの男ほど頻繁にナークに会いには来なかったが、彼女のもとに来た時は自分の考えを包み隠さず話した。世界のこと、国を愛すること、ナークへの愛。マークはナークを愛していたし、ナークもマークを愛していた。やがて二人は結婚する。
二人の結婚生活には何の問題もなかった。時には何時間も話し込み、ときには言葉を交わすこともなく何時間も身を寄せ合った。間もなく、ナークは身ごもった。子供ができたことで二人の距離は更に縮まった。二人は幸福に満たされた。

そんな折、マークは徴兵され、村を出ることとなった。嘆き悲しむ妻ナークに「もうすぐ子供が生まれるのだから、死ぬわけにはいかない、きっと元気で帰ってくるから」と言い聞かせ、すがりつくナークを残して親友のトゥイと共に家を出る。

それから数カ月、ナークは産気づいたが、友人の助産もむなしく、難産でおなかの子共々死んでしまう。この時、マークの親友トゥイはたまたま兵営を抜けて村に帰っており、ナークの埋葬を手伝う。

一方、兵役中のマークは戦場の駐屯地でナークとその赤ん坊と出会う。夫への愛情と未練からピー・プラーイとなって現れたのだ。マークはナークに家を空けて来たことを叱った後、家族で一緒に夜を過ごしたが、朝になるとナークと赤ん坊は消えていた。兵営に戻ったトゥイからナークの死を聞かされたマークは、ナークが訪ねてきたことを話し、取り合おうとしない。

何ヶ月か経ってマークはプラカノーンに帰還する。懐かしい我が家で子供を寝かしつけていたナークに再会し、マークは彼女を固く抱きしめる。このあたり、雨月物語の「浅茅が宿」をほうふつとさせる。

トゥイがマークの家に行くと何事もなかったかのようにナークは家で仕事をしていた。マークはトゥイから「あれはピーで、呪い殺される」と忠告を受けたが、マークは「トゥイはナークに横恋慕し、私とナークの仲を割こうとしている」と口喧嘩になる。その話をマークから聞いたナークは、激しい風雨とともに霊に姿を変え、トゥイの家に向かい、トゥイの首の骨をへし折ってしまう。

その後、しばらくナークとマークは一緒に過ごしていた。ある日、石鉢で料理をしているとき、床下に落ちたライムを取るために、ナークが尋常の人間ではできないほど長く手を伸ばした。それを見てマークはトゥイや村人の言うようにナークがこの世のものでないことを知る。

マークはワット・マハーブットという寺院のお堂に駆け込み、僧に助けを求めたが、僧達は経を唱えるのが精一杯で何もできずにいた。その間にも二人の仲を裂かれたナークはどんどん凶暴になっていき、近くにいた人を手当たり次第呪い殺していく。村人ばかりでなく呪術師やワット・マハーブットの僧たちも犠牲になっていった。
最後にバンコクからトー師という高僧が招かれた。トー師はナン・ナークの墓を訪ね、ナン・ナークの霊と語り合い、これ以上、村人を煩わせないよう説得する。トー師は調伏の印にナークの額の骨を切り取り、ベルトのバックルに作り替えて、片時も離さなかったという。

■活動的幽霊
この映画を撮った時、骨を風で吹き飛ばすシーンで、何度やっても送風機が故障した、上映前の供物を捧げなかったため、スクリーンからナン・ナークの手が延びてきて、観客が胆をつぶして逃げ出した、その後、この映画館は閉鎖された、などという話が伝わっている。

ナン・ナークには日本の牡丹灯篭浅茅が宿安珍清姫を思わせるところがあり、中国由来の民話だろうという人もいる。しかしながらタイの幽霊はひっそりと柳の下に立つのではなく、日常生活も活発に行い、怒れば、激情の赴くまま人をとり殺す。タイ女性の激しい性格そのものだ。

少なくともタイ女性と暮らしている友人は自分の意見に賛成してくれることと思う。


写真は1999年制作の「ナン・ナーク」のスチール写真です。日本でも上映されたようです。ご興味のある方はレンタルビデオ店で探してみてください。