チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

前駆症状

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昨年秋の日展から

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同上

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美女は少ないなあ、が全般的感想



前駆症状

 

■忘れっぽい
おでんの素を買おうとスーパーに出かける。帰宅してみるとコンニャクや竹輪はあるのに肝心のおでんの素を買い忘れている。冷蔵庫の前に立って、ハテ、何を取りに来たんだっけ、取りあえずイカの塩辛を取りだして居間に戻る。卓上の千切りキャベツを見て、ああ、そうだ、ソースを取りに行ったのだと気づく。物忘れは認知症の前駆症状だ。

脳にはアミロイドβという物質があって、外界からの毒素、有害食物から脳を守っている。だが老齢化に伴い、アミロイドβ自体が脳を攻撃するようになり、脳細胞が死んでいく。そのため認知症が発生する。単なる仮説とはいえ、影響されやすい性格であるから我が脳の3分の1くらいがアミロイドβの白いカビに覆われてしまっているような恐怖を感じる。

2月1日にアップした「酒談義」は昨年書いた原稿だ。時事ネタではないので予定稿にして忘れていた。ところが1月4日に自動的にアップされ、2本立てになっていた。4日の夜に気づいて削除、でもせっかく書いた原稿だし、と2月1日に姑息にも再アップした。

第一稿を書き上げて、「保存」の代わりに「削除」をクリックしたこともある。物忘れ、うっかりミスは気が付かないだけで山ほどあるのだろう。一億総活躍社会というが、とても人様のお役に立てる人間ではない。社会の片隅でひっそりと生きる、これが今の自分に合った生き方といえる。

■怒りっぽい
認知症の前駆症状の一つに忘れっぽいと並んで怒りっぽいが挙げられている。バスの中でおばあさんが「それでね、俺は絶対悪くないって言い張るの、あんなに怒る人じゃなかったのよ」とご亭主の話をしていた。

体調や記憶障害からくる精神的ストレスで怒りの感情が抑えられない。「易怒性」という。親はすでになく、子は独立し、妻は去った。「親に孝、妻に忠」の生活を送った。でもまだカミさんがいたら、自分も怒るようになっているのだろうか。面と向かって人に怒りをぶつけたり、暴言を吐くことは今でもない(と思う)が、ブログでは結構、上から目線で批判、非難を繰り返している。

2月15日にアップした「義理も人情もない」では森さんの発言を女性蔑視と決めつけて、打算的処世術に走った組織や個人に怒っている。あの発言がNYタイムスの言う「sexial remark(性差別発言)」になるのか。女性蔑視、性差別はよくない。自分もそう思う。でもあの発言が女性蔑視に当たるという判断とその基準は誰が決めたのか。あの発言だけでその人の人格を否定する権利はあるのか。

変なたとえで申し訳ないが、自分が殺人を犯し、裁判にかけられたとする。裁判では自分が何十年も善良な社会人生活を送ってきたこと、老齢であること、(多分)被害者に殺されるにたる原因がある等を考慮し、執行猶予付の判決が下されるはずだ。殺人でさえ、これまでの生き方が忖度される。字数にして十数語の発言だけを取り上げて名誉を剥奪し、社会的に抹殺する、これは不当量刑と言っていいのではないか。「森にNO」と書いた赤い紙を持った人をテレビで見た。森は絶対悪い、許せない、と怒り狂っているのだろう。認知症の前駆症状が出ているとしか思えない。

■幼稚っぽい
マスコミは偽善的道徳を振り回す点でお隣の国と同じだ。幼稚っぽい。「3歳以下の幼児と80歳以上の老人はホントのことしか言わない」という。幼児や年寄りが何か言ったら、そうだよね、そうかもしれませんね、と答えていればいい。それをいい大人が、許せない、取り消しと謝罪を要求すると言い募る。こういう人に限って、取り消しと謝罪があっても決して許さない。謝罪と共に賠償があれば納得するのか。

会社でも町内会でもいいが組織のトップの地位には、まあそれなりの人が就いている。変な人がトップにいると組織がもたない。トップが、例えば認知症になれば、組織がその人に引退してもらう。ごく普通の自浄作用だ。東京五輪パラ組織委員会の会長に相応しくなければ会長に推挙されなかっただろうし、よしんば不都合が生じたら委員会内部と関係先で相談して職を引いてもらう、これが普通だ。

会社や町内会に対し、株主でも地元民でもない他人が「あの社長、会長はけしからん」と言えば辞めないといけないのか。唯々諾々と他人の声に従う関係者も情けない。

認知症を東北地方では「童(わらし)がえり」という。幼稚なマスコミは認知症の初期なのだろうか。前駆症状が出ている自分が言っても全く説得力がないけれども。