チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

確率100%

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横浜、三渓園

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園内の蓮池から

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園内の聴秋閣

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古民家内部

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三渓記念館、美術館になっている

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移築された燈明寺本堂


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■貧しさとは
連休 中も連休後も生活のリズムはそれほど変化がない。図書館へ予約図書を受け取りに行く。遠回りであるが商店街を通って家に戻る。運動はこれくらい。人と会わないからベネディクト派の修道士の如く、人と話すことなく黙考の日々を送っている。独り暮らしではあるが寂しくはない。「われ富めり連休古き米五升」ではないが、米は充分ある。冷蔵庫には食材が入っている。飲もうと思えばビールも酒もある。不足なら買いに行けばいい。昭和の御代に生まれただけでこんなに安心、安全の環境に暮らせる。有難いことだ。

曽野綾子さんによると「貧しい」とはその日食べるものがない、という状態をいうそうである。今夜食べるものがない時、人はどうするか。穏やかなやり方は3つしかない。

1.水だけ飲んで寝る 
2.乞食をして食物をめぐんでもらう 
3.盗む

これら3つの解決法は自力でやるほかない。国とか組織は今夜の食事に関しては何も役に立たない。実は、国民等しく3食まともに食べられる国は世界的には多くない。

日本でも数十年前には戦災孤児がいたし、欠食児童も珍しくなかった。今は飽食の時代、偶に餓死、あるいは孤独死の事例が出ると、寄ってたかって、国や自治体を非難する。食物を得る、健康は自分で管理する、個人に関することは自力更生が基本ではないか。豊かになるにつれて、他者の援助を当てにし、それを当然と思い、もっと寄こせ、という。物質的に豊かであっても心が貧しい、そういう人が増えているのではないか。

■上も下も無責任
日本は世界的に武漢肺炎をうまく抑え込んでいる国だ。少なくとも先進各国はそう見ている。自分が注目している数字は武漢肺炎による死者の推移である。これまで死者数が1日100名を越えた日は2日だけである。ずっと2桁、それも70歳以上の高齢者が大半、先日、大阪での死亡者の年齢内訳を聞いたが100歳以上が6名と言っていた。年寄りが死ぬのは当たり前だ。

英国ではワクチン接種率が5割となり、1日あたり死者数が2桁に下がってきたので、感染症規制緩和を始めている。英国での総死亡者数は12万5千人、1日あたり1000人以上の人が武漢肺炎で亡くなっていたのだから、日本並みの死者数ならば抑え込み成功と思うのは無理もない。

ところで、日本人の死因データランキングによると、年間、がんで37万人、心疾患で21万、老衰で11万、脳血管疾患で11万、肺炎で9万人亡くなる。年間1万人以下の武漢肺炎はベストテンにも顔を出していない。武漢肺炎よりも転倒、風呂場での溺死を心配するほうが先だ。

日本は武漢肺炎を抑え込んでおりますので、経済、教育、レジャー等、社会活動を2019年並みに行います、これが責任ある政治家の発言だと思うが、何か策を講じてくれというクレクレ国民に阿り、責任を回避しようと緊急事態宣言を続行した。政策を丸投げされた専門家が「科学的根拠はないが…」という前置きで指図する。爆発的に陽性者が増え、死者は40万人と発言していた医療関係者が「間違っていた、社会を騒がせた責任を取って、」と割腹自殺をしたという話も聞かない。

■確率100%のこととは
武漢肺炎にかかる、がんが見つかる、あるいは認知症にかかる、は確率の問題で、すべての人に降りかかる問題ではない。でもはっきり、100%の確率で起こることは「あなたは死にます」だ。最近、暇があれば山田風太郎の名著「人間臨終図巻」を開いている。八百屋お七から始まって泉重千代さんまで享年順に古今東西の有名人の死に方を紹介した本である。どんな人も必ず死ぬ、そして(自殺は別にして)死に方と死に場所は選べない。

自分らしく、まあ我が人生それほど悪くなかったのでは、と思って死にたいが、そういう人は稀である。ただ、今の感染症騒ぎを見ていると、ワクチン接種が遅いの、手続きが面倒だのと国や組織に不満をのべる、幼稚な性格の人々が多いような気がする。
自分の健康は自分で管理して、人には迷惑をかけない、それで感染症に罹患したら、運命として諦め、人のせいにはしない。世話になった医療関係者、組織に感謝して死ぬ、これくらいの覚悟はもちたいと思う。

少なくとも「今が踏ん張りどころです、ここを切り抜ければ、」などと、ここで一発長打が出ればいいですね、という野球解説者のような政治家、医療関係者の無責任発言に右往左往して、何もしてくれないと恨み言を言いながら死ぬ、そんな死に方はしたくないと思うけれど、死に時と死に方は選べないから・・・・・。