チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

感謝致します

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■介護ロングステイ終了
8月7日に母が亡くなって介護ロングステイは終わりになった。1月前のブログでは、母の食欲が衰えないから100歳までは大丈夫とニイさんが言った、母が100歳まで生きたら息子はみな後期高齢者、悪くすれば逆縁ということにもなりかねない、などとつまらぬ心配をしている。でも同時に「まあ人生一寸先は闇」とも書いているから、同じ生活がそう長く続くわけはないという予感があったのかもしれない。

年の順番に亡くなっていく。これは仕方ない。それにチェンライに来る前、大病院の医師に「お母様は3ヶ月でお亡くなりになります」というご託宣をもらっていたことを思うと、10年近く生きながらえてくれたことは息子として感謝すべきだろう。寝たきりになっても褥瘡一つ作らず、献身的に介護してくれたブアさん、ニイさん、それにニイさんが来るまでにやめてしまった12人のメバーン、町内のタイ人、それに周りの邦人にもいろいろ助けてもらった。更にはこの暖かいチェンライの気候にも感謝しなければならない。

■先人にも感謝
チェンマイでは毎年8月15日に戦没者慰霊祭を行っている。慰霊祭は、敗走してきた日本兵が集結したバンガード高校、それに野戦病院のあったチェンマイ市内のムーサン寺の2か所で行われる。この2つの場所では多くの日本兵が亡くなった。毎年、チェンライ日本人会の有志と共に慰霊祭に参加していたが、今年は母のことがあり、参加を断念した。自分たちが北タイで、日本人というだけで皆から暖かい目を向けてもらえるのは、立派に戦った先人のお陰だ、という気持ちが多少なりともある。だから慰霊と感謝の意を表すためにここ何年かムーサン寺の会場に出向いていた。飢えと傷病に苦しみながらも矜持と誇りを失わなかった先人を思うと思わず涙が出る。もし兵士が中国で言われるような蛮行を行っていたら、タイがこのような親日国となっただろうか。
タイ語のジアップ先生は日本兵士が強姦をしたという話は一切聞いたことがないと言っていたし、テニス仲間の中国系タイ人も、お父さんが日本の兵隊さんと遊んでもらった、という話をしていた。「メナムの残照」の著者、トムヤンティ女史も、兵隊さんから釣り針をもらった経験を書いている。

慰霊祭では戦没日本将兵のみならず、戦火に倒れたタイ人の慰霊も併せて行っている。タイは英米の連合国に宣戦布告して戦った我らが同盟国であった。バンコクチェンマイはB29や英国空軍の爆撃を受けている。タイ人は敗走してくる兵士を救おうと象を連れてビルマ領に入っていたという。

■総裁選
このところ葬儀に紛れてあまりニュースを見ていなかったが、総裁選は安倍首相と石破元幹事長の2人で争われることになった。メディアは一騎打ちと言っているが、横綱と序二段の力士の取組と同じ、まともな戦いにはならない。6年前の総裁選には三役と前頭クラス、5人が立候補した。あの時の安倍さんはせいぜい前頭上位、よく勝てた。

石破さんはメディアに出る度に評判を落としている。
みのもんたに「日本の米軍基地が全部返還されたら」との問われ、「「日本の防衛費は今の2倍ではきかない。核は持たない。大きな空母と機動艦隊。それを持つ財政力はないから(米軍基地が)無くなったら厳しい。でもそうなったらどうなりますか?は考えなきゃいかん」。意味がわからない。 消費税は財務省の言う通り「上げなければ。でも消費が落ちないために何ができるか」。政策を語れない。消費を落とさないためには消費増税をやめればいいだけだ。
ジャーナリストの有本香さんによると、石破さんの著書、「政策至上主義」には全く政策が書かれていないそうだ。「この国には解決策が必要だ」と本の帯に銘打たれているがその解決策が著書の中に見当たらない。我が国でも日本でもなく「この国」と他人事のように言うのもどうかと思う。

ネット上では、彼が金丸北鮮訪問に同行した際、性接待をおねだりしたとか、東亜日報の取材に対し、日韓合意に関し「「(韓国で)納得を得るまで(日本は)謝罪するしかない」と述べたという過去記事が出ている。道理で朝日新聞が石破さんを持ち上げているわけだ。

こんな人が総理になるなら、先の大戦で散った先人たちは浮かばれない。ショーンK風に「石破さんには相談する友人がいなかったのでしょうかねえ」とコメントしたくなる。モリカケ問題で安倍批判をする石破さんに野党がエールを送っているが、彼らも政策を語れる連中ではない。

石破さんと違って自分には相談すべき、また感謝すべき多くの友人、知人がいる。有り難いことである。