チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

もとの暮らしに

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もとの暮らしに

■8月は雨季の真っ盛り
先週からほぼ普通の生活に戻っている。朝はテニスに出かけて仲間と2セット、2時間弱コートを走り回る。シャワーを浴びた後はパソコンに向かってニュースを見たり、過去の写真を見て追憶に耽ったりして時間を過ごす。午後、ブアさんと買い物に行くが母の介護関連用品を購入しなくなったので回数は減った。

日本では「暑いですね、いつまで続くのでしょう」が合言葉になっているそうだが、ここチェンライでは「全くよく降りますね」があいさつ代わりだ。統計ではチェンライの8月の月間降雨日数は24日、それでも1日中降ることは少ないので、先週も4日テニスコートに立っている。2週間のブランクがあったので、体力、技量(というほどのものはないが)がかなり落ちているのではないかと心配したが、何とか球がラケットに当たるし、ダブルフォールトもなかった。

雨季のピークに当たるせいか、昨年は「わが身世にふる」、一昨年は「雨に想う」、3年前は「雨季真っ盛り」という題で8月に同じようなことを書いている。また同じことを、と言われそうだが、今年は例年に比べ、雨量が多いように思う。すでに水害ニュースを見かけるようになった。14日午後の時点で、東北部ナコンパノム、中部ペチャブリなど8県で洪水が発生し、約2万5000世帯、約6万人が被災している。また、12日から14日にかけ、北部メーホンソン県、ターク県、南部ラノン県で土砂崩れが発生し、道路が泥土で埋まるなどした。
チェンマイ、チェンライ間を結ぶ国道118号線も18日に豪雨により道路が寸断され不通となった。16日に総領事館での用を済ませ、17日チェンマイから戻ったのだが、1日遅れていたら、200キロ近く迂回する羽目になっていた。もし118号が不通になってたらランパーンあたりに1泊してゆっくり帰ればよかったんだよ、と兄は言っていた。確かに自宅で待つ人もいないから、安全運転で1泊でも2泊でもして、のんびり戻るという手はあった。

■人工骨
骨上げの時、焼け残った鉄棒や鉄板、ボルト状の鉄塊が出ててきてブアさんが吃驚したことは書いた。母が骨折した時、ブアさんが1人で世話していたわけで、彼女は相当責任を感じていたようだった。高松からチェンライにとんぼ返りしてきた弟夫婦にも、涙ながらに私がもう少し気を付けていれば、と謝罪していた。
骨密度の低くなった高齢者の骨折はよく起こる。くしゃみで折れることもある。自分は事故と割り切っていたが、ブアさんは、我々が彼女を警察に突き出すのではないか、と心配していたらしい。
大腿骨幹部骨折の以前から母の左足は曲がったままで伸びなかった。恐らく埋め込まれた鉄棒はそのままで骨は縮んでいった結果だろうと思う。ブアさんにこの鉄棒と骨のひずみがあったから、長椅子の上で体が左に倒れただけで骨が折れた、だからブアさんの責任ではない、と改めて説明した。大きな鉄棒は証拠物件としてかなりの説得力があったようで、それからブアさんが少し明るく、元気になった。

■今後の身の振り方
来年半ばまで現在の借家の賃貸期間が残っている。母のことを大家さんに知らせ、今後のことを、とメールしたがさっぱり返事がない。ブアさん、ニイさんはあの大家さんは前払いした賃借料は絶対返さない、という。まあ、家はしばらく住んでもかまわない。だが母の介護が無くなったので、メバーンは2人はいらない。
ブアさんは10年、形の上では1日24時間365日公休無しで働き続けたので、と暇を取ることになった。彼女が自分で建てた家はあるし、お寺のお籠りなどしながら体を休めたいという。ニイさんは娘さんが中高一貫進学校に通っていてどうしてもお金がかかる、働きたいという。本来は週2,、3回来てもらえば充分であるが、週休2日、多少の月俸ダウンで9月から引き続き来てもらうことにした。

兄はそのうち日本に戻るのであろうが、春、秋を中心とした季節のいい時は日本で、今年の夏のような酷暑の時期や寒い冬季はチェンライで過ごすということになりそうだ。弟夫婦は息子たちが孫を連れて遊びに来るようになるまで、あと2,3年はチェンライ、高松の2ヶ月毎の暮らしを続けるとのこと。

日本が好きで、人一倍祖国を誇りに思っている自分であるが、やはりこのまま、チェンライに住み続けることになるのだろう。母の死で扇子の要が外れたように兄弟も別の道を行くことになる。その道も間もなく行き止まり。自分だって終活を考えるべき年齢であるから残された時間をどう有効に使うか、一人静かに考えてみたい。