チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

タイの磁器(2)

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タイの磁器(2)

■新しいもの好き
タイの陶磁器だったら、宋胡録(すんころく)やセラドン焼きを忘れてはいませんか、という声が聞こえてきそうである。実を言うと自分は陶磁器に詳しくない。こちらに来てベンジャロンやセラドンが陶磁器と知ったくらいだ。

骨董にはほとんど興味は無いが、「開運なんでも鑑定団」の大ファンで、タイに来てからもユーチューブで毎週楽しんでいる。定年を境に骨董に目覚め、退職金をすべてつぎ込み、奥さんから冷たくされているという熟年が、これこそ天下の逸品とスタジオに持ち込んだ壺が3千円などと鑑定されている姿を見ると、骨董趣味を持たなくて良かったと思う。ただ先立つモノが無かったから骨董にのめりこまなかったともいえる。我が人生を四文字で振り返れば「小欲知足」に尽きる。プミポン国王陛下が「足るを知る経済」を国民に説く前から「知足」の生活であった。値段には無関心、単に好きで集めていた品に驚くほどの値段がついた、ということであれば好ましい。しかし「掘り出し物」で一攫千金を狙う骨董収集は邪道ではないか。

ところでタイ人は古いものをそれほど大切にしないように思う。新しくてきれいなものが好き。チェンライで一番観光客が訪れるお寺といえば多分、白いお寺で知られるワット・ロンクンだろう。この寺は、タイの岡本太郎、チャルムチャイが十数年前に建立したものである。まだ全部は完成していないのに、昨年の地震で本堂の尖塔が斜めに曲がってしまった。今では曲がった尖塔の寺として、前にも増して多くの人が訪れるようになっている。

古いお寺と言えば、チェンライから60キロほど離れたチェンセンに1300年前後に建立されたワット・チェデルワンがある。寺院は土台を残すのみで、北タイ最大と言われるチェンセン様式の仏塔が当時の栄華を偲ばせる。高さは88m、八角形の土台の差し渡しは24m。十数年前に見たときは仏塔は雑草、雑木に覆われ、塔頂部は途中から無くなっていた。古色蒼然としてそれなりに風情があったのだが、先日行ってみたら、雑草はきれいに刈り取られ、尖塔はセメントで整形されて殆ど新品。全く歴史が感じられない。タイ人と日本人の感性の違いを感じるのはこのような時だ。

■宋胡録
タイの陶磁器を総称して宋胡録と言うことがある。我々が茶碗や皿を「瀬戸物」と言うようなものか。チェンライからスコタイに行く時、スワンカロークという街を通る。スコタイ王朝第3世のラムカムヘン王が中国から陶工を招いて、このあたりでそれまでの土器とは違った陶磁器を焼かせた。宋胡録はその窯があったスワンカロークの地名に由来する。

宋胡録は鉄分を含んだ顔料で下絵を描き、草木灰と田んぼの泥土を溶かした釉薬をかけて焼き上げる。泥土に含まれる鉄分の量、灰の種類によって仕上がりが違う。なかなか同じものができない。本来は鮮やかな鉄絵が残るが、釉薬が高熱で溶けて絵が流れたり、生焼けで白濁した生地の焼き物ができる。本来は失敗品であるが、捨てられずに日本に持ち込まれた。釉薬が溶けていたり、ヒビがある茶碗でも日本では却って味がある、景色(けしき)が好い、侘び寂びに通じるということで古くから茶人に愛されてきた。

桃山時代から江戸初期にかけてが宋胡録の最盛期だった。スワンカロークには145の窯があったという。その周りを含めれば数百の窯があったのではないか。ところが17世紀にスコタイとアユタヤの争いが起こると、宋胡録は歴史からぷっつり姿を消してしまう。理由は陶工がみんな逃げだしたから、と言う。でも逃げた先で技術を伝えていてもいいのではと思うが、全く作られなくなる。鉄絵の宋胡録が復活したのはつい50年前の1965年頃とのこと。

■セラドン焼き
チェンマイ青磁、セラドン焼きはスコタイの宋胡録の後継と言えるかもしれない。草木灰釉薬にして高温で焼き上げる。80年ほど前に復興された。セラドンのセラはサンスクリット語で「石」を、ドンは「翠(みどり)」を意味する。直訳なら「翡翠焼き」だ。確かにエメラルド・グリーンのやや厚手の皿や壺は翡翠を想像させる。セラドンは還元炎の強弱、釉薬の中の鉄分量、酸、アルカリ成分の多寡により、多様な色に仕上がる。ベンジャロン焼きと並んで日本人に人気がある。

それにしても日本人の骨董好きには驚く。宋胡録を始め、タイの陶磁器はネットで盛んに売買されている。北タイの骨董屋巡りで目を肥やし、ネット売買に参加してもいいが、古い皿や壺は市場に出るや否や日本人が購入するというから、「掘り出し物」を手に入れるチャンスは殆どないだろう。




写真は上から3枚が宋胡録、下3枚はセラドン焼き