





北タイの露天風呂 (5)
■北タイとは
日本でも関西、関東、北陸、東北など、いくつかの県をまとめて行政区画としている。タイは全国1都76県あるが、それらを北部(17県)、東北部(20県)、中部(1都10県)、西部(8県)、東部(7県)、南部(4県)の6つの区域に分けている。
自分の住んでいるチェンライ県はタイ北部に含まれる。北部は17県となっているがチェンマイの日本総領事館が管轄している県はチェンマイ、ランパーン、ランプーン、チェンライ、 パヤオ、メーホンソーン、ナーン、プレー、ウタラディットの9県である。
北タイは北タイ族(あるいはユワン)と呼ばれるタイ族の部族がスコータイ王朝・アユタヤ王朝とは別系統のラーンナータイ王朝を建てたことに始まり、そのラーンナータイが倒れるとビルマの占領を受けたためミャンマー文化の影響を受けて、寺院建築や、タイ文字よりはビルマ文字に似るラーンナータイ文字に代表される独特の文化を創り上げた。
ブアさんやヌアットのニイさんがしゃべる言葉が全く理解できなかった。自分のタイ語能力が低いためと思っていたが、何年も経って彼女たちがタイ語ではなく「ランナー語」でしゃべっていることを知った。分からないはずだ。タイ語表記と共に橋の名前がランナー文字で記されていることがあるが、一般の人はランナー文字を読むことはできない。でもどこかの国と違って、バンコクのチャクリー王朝が我々ランナー人の言葉と文字を奪った、などと言う北タイ人はいない。
■いつもの宿は
北タイの各県はウタラディットを別にすれば何度も旅したことがある。東京から湘南、埼玉、千葉などに出かけるようなものか。日本に比べて宿泊費が安いことも腰が軽くなる理由の一つでもある。通常は1泊500B程度のGH、時には1000Bを越えるホテルに泊まる。1000Bというと今では円安のため4400円であるが、民主党時代の円高の時は1泊2500円だった。GHだと温水シャワ-が普通だ。でも1泊1000Bを越えるホテルになると部屋にはバスタブがついていることが多い。
点から点を走り続けるバイクツーリングならばたまたま見つけたGH で充分であるが、時にはゆっくりお湯に浸かりたい。日本人なら熱い湯に浸かって手足を伸ばし、天を仰いで「あー」と溜息をつく。旅はこうでなくちゃ、と思う瞬間である。円安、円高は世の習い、多少の出費がなんだ。露天風呂を求めて近県を回る、老い先短いのであるからできるときにできることをしておきたい。
■都会人に人気
バンコクは平地ばかりの熱帯気候、山間で涼しいと聞くとそれだけで行ってみたくなるらしい。タイ北部のナーン県は正に森林に囲まれた高地である。タイ人に今一番人気の観光地と言われるのもむべなるかな。
ナーン2泊3日のモデルコースという記事によると、1日目はナーン市内でワット・プーミン等を見学、2日目はナーン北部のボークルア、プア訪問、3日目は南部のサオディンナーノーイ、ワットボーケーオを見るといった流れのようだ。この記事ではナーンのホテルは殆ど満室、レンタカーも売り切れだったというが、バンコクから観光客が押し寄せる乾季だったせいだろう。
自分も1日目はナーンのワット・プーミンを見学して、アウトバスのあるグッドデイホテルに宿泊した。2日目は塩の井戸があるボークルアに向かった。ボークルアにはセブンイレブンもあったがどちらかと言えば辺鄙な土地、ネットに出ていた露天風呂付のホテルは雨季のローシーズンとあって休業中だった。空いているホテルを探すうち、ボークルアの街にほど近い山間にボークルア・ビュー・リゾートを見つけた。なだらかな山裾に大小のマウンテンバンガローが点在している。露天風呂はないが庭園から渓谷に続く眺めが素晴らしい。レストランを兼ねたレセプションから山小屋までは急坂となっているのでホテルの電動カートで送ってもらう。
レストランの壁にシリントン王女のご来訪の写真が飾ってあった。服装から拝察すると複数回いらしているらしい。このホテルはナーンの日光金谷ホテルと言ってもいい格式あるホテルのようだ。
朝食では地元の珈琲、各種生ジュース、地元で作られた各種ジャムが供され、パンはわざわざ炭火七輪で焼いてくれた。このレストランからボークルアの塩井戸に続く渓流が見下ろせる。川の向こうは緑の山々が重なっている。宿泊客は3組だけだったので静かにゆっくりと食事ができた。
朝食後、散歩した雨上がりの庭もそこかしこにホテルの細やかな心遣いが感じられ、さすが金谷ホテルは違うと思った。偶には1泊1000B以上のホテルに泊まるのもいいものだ。