ロイ・クラトン（灯篭流し）の始まりにはいろいろな話が言い伝えられている。
一般的に言われているのは、スコタイ王朝のプラルアン王の妻であるナーン・ノッパマートが、王に献上するため蓮の形や様々な形をした灯篭を作り出したという説だ。灯篭は王の指示によって川に流された。“タオスリチュララック法典”と呼ばれる本の中に、王は「今日から以後、蓮の形の提灯は満月の月光に満たされる11月の良き日に永遠に作られなければならない。」と話したと記されている。また、川の女神、コンカーに川を汚したことを詫び、あわせて自分の罪、咎、妬みなどを流し清めるという儀式だという説もある。
陰暦12月の満月の日（今年は11月2日）、蓮の葉をかたどった直径20センチほどの灯篭に花、線香、蝋燭などを入れて川や運河に流す。以前は発泡スチロール製の灯篭が多かったそうだが、環境保護の為、今では昔どおりのバナナの葉で作った籠が用いられる。
毎年、8月のお盆に東京大空襲の犠牲者慰霊のため、江東区で「旧中川灯篭流し」というイベントが開かれている。ドラゴンボートの関係でこのイベントのお手伝いをしたことがある。区民が500円出して組み立て式の灯篭を購入し、その想いを灯篭に書いて川に浮かべる。戦没者慰霊のためであるから、亡き人を弔う言葉や不戦の誓いが書かれている。時には南画や見事な草書体で和歌が詠まれているものもあり、日本庶民の文化度の高さを感じたものだ。タイの灯篭には自分の分身として、髪の毛や爪を載せる。またお金持ちになりますようにと、小銭を載せることもある。現世利益優先で余り風情がないような気がする。日本でも｢東京・タイロイカトン祭｣という催しが毎年9月にお台場潮風公園で開かれると聞くが、タイ風に単なる幸せ祈願となっているのであろうか、それとも故人を偲ぶ日本式となっているのだろうか。
タイ国政府観光庁は11月中の観光客誘致策として「水面が七色に輝く時、ロイ・クラトン祭り」と題し、タイの全国各地でイベントを開催する。特に有名なのは、バンコクのロイ・クラトン祭り、スコタイのロイ・クラトン蝋燭祭り、チェンマイのイーペン祭り、タークのロイ・クラトンサーイ祭り、アユタヤのバンサイ芸術センターロイ・クラトン祭りだが、このほかにも各地で地域色に彩られたお祭りが開かれる。
たまたま日本から来た友人に会うのを機会にチェンマイにロイ・クラトンを見物にでかけた。春のソンクラン（水掛祭り）と秋のロイ・クラトンの時には外に出ませんよ、とチェンマイ在住の人は言う。もう街は観光客で一杯だ。チェンマイ市ではチェンマイ美人コンテスト、ランナー風及び国際灯篭展、クラトン・イルミネーション、バンブー・ラフティングレース、花火大会、メーピン川・音と光のショーなど26ものイベントでお祭りを盛り上げる。
街を流れるピン川に夕刻でかけてみると、川に人が落っこちそうなくらい人が押しかけている。橋の上や川べりは川面や花火を見る人で大混雑だ。次から次へと灯篭が川に流されていくが、少し風があったことと、日本の灯篭と違って蝋燭を覆うものがないため、火が消えてしまうものが多かった。蝋燭の火が消えなければ願い事が叶うとされているので、残念に思ったタイ人は多かっただろう。
北タイのロイ・クラトンを彩るのはコムローイだ。コムローイとは空飛ぶ灯篭で、直径50センチ高さ1メートルほどの紙製円筒、下から燃料を燃やしその熱気で行灯を膨らませ空に飛ばすというものだ。お祭り前は1つ20－25バーツだったが、当日は1つ50バーツ、花火付きの高級品は100バーツに値上がりしていた。この行灯が夜空を何千と埋め尽くす様は圧巻だ。そんなものを上げて火事が起こりませんか、空港から文句が出ませんかと日本からの客は心配する。確かに火事は起こるし、航空に支障をきたす。だからあまり大々的にやらないようにという当局のお達しがあったのだが、相変わらず盛大にコムローイが飛んでいる。
我々のグループも願いをこめて2つほどコムローイを飛ばした。火をつけて熱気が円筒を満たすまでに1分以上かかる。左右にゆらゆら揺れながら上昇していく様子はまさに空飛ぶくらげである。川べりにはコムローイを飛ばそうとするカップルが沢山いる。一頃の日本のクリスマスイブと同じで、ロイ・クラトンに誘う相手が｢本命｣とのこと。二人の飛ばすコムローイが無事上がれば二人の思いが成就する。膨らんだコムローイが風で押しつぶされると、熱気が逃げて上昇力がつかない。そうこうしているうちに、燃料切れとなるコムローイも見受けられた。そういうカップルはまた新しいコムローイを買って再挑戦している。恋を成就させるためには努力と多少の出費が必要、ということか。
