チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

巣鴨を歩く

 

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 巣鴨

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本妙寺寺門

 

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説明板

 

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本妙寺本堂

 

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中央、遠山金四郎景元の墓

 

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お玉が池、千葉先生の墓

 

巣鴨を歩く

 

■看板に偽りあり
「チェンライの市場から」という表題でブログを書いているが、ここ半年、東京住まいである。だから看板に偽りありではないかと思っている。行動範囲から言えば「武蔵小山の商店街から」のほうが相応しい。

武蔵小山商店街は武蔵小山駅から中原街道まで約800m続く商店街で、アーケード商店街としては東京最長らしい。約250店舗が軒を連ねている。屋根があるから雨が降っても太陽が照り付けても大丈夫。昨今の猛暑では店から冷気が足元に吹いてきて快適である。特に買い物がなくても商店街を歩く。ついでに戸越銀座商店街まで足を延ばし、1万歩をめざすこともある。チェンライに戻ってテニスを再開するとき、足が縺れて転んでは仲間に笑われる。歩けば健康維持に繋がる。一時より商店街は活気を見せている。シャッターを下ろしている店が少なくなった。4月15日と記憶しているが、この日50枚入りマスクを5千円で売る店が出た。今は50枚入りで398円とか350円だ。種類も豊富になった。犬も歩けば、ではないが何かしら変化を見ることも歩く面白さの一つだろう。

■池袋から2駅、巣鴨
4日に池袋で大学時代の友人と会った。人と会う時、この人は自分のブログを読んでいるかいないかが気になる。あ、それ、ブログに書いてあったよね、などと言われると、顔から火が出るほど恥ずかしくなる。この日会った友人は自分のブログを読んでいない。だから心置きなく話ができて楽しかった。なんといっても同じギャグが使える。彼の奥さんは自分のブログを読んでいるそうだ。それで時折、自分の動静を亭主に報告する。しばらくチェンライに戻れないんだってな。

しがないブログではあるが、息子や限られた人達が、ブログを見て、ああ、まだ生きているんだな、と思ってくれる。生存証明代わりに恥ずかしながら「看板に偽りあり」のブログを書いていると言ってもいい。

池袋から都営地下鉄の駅がある巣鴨まで行った。1駅かと思ったが間に大塚駅があり2駅の距離。(前号では池袋・巣鴨間は1駅と書いたがそれは間違い)。巣鴨と言えばおばあちゃんの原宿とげぬき地蔵で有名な巣鴨地蔵通り商店街がある。駅から400m、徒歩4分となっている。ちょっと寄ってみよう。

巣鴨地蔵通りは江戸時代、中山道の出発地点、日本橋から出発して最初の休憩所(江戸時代の言葉で立場(たてば)と言う)が江戸六地蔵尊 眞性寺から巣鴨庚申塚の間に点在し、町並みが作られた。巣鴨地蔵通りは「とげぬき地蔵尊」と「江戸六地蔵尊」の2つのお地蔵様と巣鴨庚申塚に守られて、商業の街・信仰の街としてお年寄りを中心に若い方々にも親しまれているとのこと。

■金さん、千葉先生の墓
殆ど真上から太陽が照り付ける猛暑の中を駅から北へ進む。ぼんやりと歩いていたせいか、地蔵通りを通り過ぎてしまったらしい。豊島市場からしばらく行くと右側の道奥に大きなお寺の門が見えた。こっちへ行ってみよう。着いた寺は法華宗本妙寺、門の左に遠山金四郎墓所の説明板があった。

本堂へ至る境内の右手が墓所となっており、明暦の大火の慰霊碑があった。あとで知ったが本妙寺は振袖火事で知られる明暦の大火の火元だったという。明治44年巣鴨に移転してきたが、墓も一緒に移ってきたようだ。遠山金四郎景元の墓はすぐ見つかった。なかなか風情のある墓である。遠山の金さんと言えば大岡越前と並ぶ江戸の名奉行、旗本の3男に生まれ、家督が継げる見込みもなく無頼の生活を送っていた。ぐれていた頃に入れ墨を入れたが、模様は「桜吹雪」ではなかったらしい。兄が病死したので家を継ぎ、その後、とんとん拍子に出世、勘定奉行、江戸北町奉行大目付、江戸南町奉行等を歴任、安政2年に63歳で亡くなっている。

江戸町奉行と言えば、警察官、検察官、裁判官の3役を一人でこなしている。その上、金さんの場合、金さんが原告側証人まで兼ねているのだから、被告が無罪になるはずがない。こんな暗黒裁判が許されるのか、と左翼の人が言わないのがおかしいくらいだ。
遠山家の墓所から20mほど離れたところに千葉周作の墓があった。北辰一刀流の開祖だ。偶然であるが遠山金四郎千葉周作も寛政5年(1793年)に生まれ、同じく安政2年(1853年)に没している。

本妙寺から染井霊園を抜けて巣鴨駅に戻った。この日の最高気温は35度超の猛暑。友人と2人でビール中ジョッキ4杯、冷酒の瓶5本を飲んだ後だったから、酔いと暑さで倒れる寸前であった。駅手前で地蔵通り商店街入り口を発見したが、とても行く気にはなれない。楽しみは次回に。

 

 

民主主義はいいですね

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浅草名物、ビール会社の展示物

 

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浅草仲見世

 

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神谷バー、一人では飲む気になれず・・・

 

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浅草橋ガード下

 

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同上

 

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タイ料理店もあった。パッタイ、クイッティオが千円以上???

 

 

民主主義はいいですね

 

■東京都シルバーパス
シルバーパスとは、70歳以上の都民に積極的な社会参加を助長する目的で発行される都営地下鉄並びに都内のバスに自由に乗り降りできる福祉乗車証である。自分の場合、年間1000円でこのパスが貰える。

実際には8月に手に入れ、その日に自宅から五反田駅までバスで出て、都営浅草線で浅草まで行った。この往復だけでモトが取れたことになる。銀座、渋谷、新宿には自宅から30分で行ける地域にあるが、パスのお陰で無料となった。池袋へは都営地下鉄巣鴨まで行き、JRで1駅、少し時間がかかるがコストは安い。パスモの使用額が激減し、外出機会が増えた。

シルバーパスは70歳以上の都民、約100万人が所有しているそうだ。東京都の高齢化率は23%、65歳以上の高齢者は300万人弱、パスの対象となる70歳以上の高齢者は200万人以上とみられるが、やはりバスや地下鉄に乗るのも体力が必要だ。母もシルバーパスを持って喜んでいたが、実際に利用した期間は2,3年だったらしい。自分で出かけられるうちがハナか。

1000円を払い込んだので、8月末に新しいシルバーパスが手許に届いた。有効期限は2021年9月末日までとなっている。まさか来年の9月までこのパスを利用することはないだろうと思うのだが。

■マスコミのイチオシは
地デジ対応のプレイヤーを先月29日に貰った。物珍しさにチャンネルを変えながら画面に見入ったが、どこの局も安倍首相の辞任表明と次期首相は、といった同工異曲の内容。次期首相候補として石破茂氏がやたら登場する。顔も喋り方も嫌いである。

「そもそも政治は、経世済民をいかにするかと、それが基本でありまして、我が国においても聖徳太子、今では厩戸皇子とも言うようですが、十七条の憲法におきまして、夫れ事独り断(さだ)むべからず、必ず衆とともに宜しく論(あげつら)ふべし、とあり、これが政治の要諦であるとされてきたのは広く知られるところであり、私も政治家として常に心掛けているのですが、そもそも議会制民主主義は・・・」

1分で終わる内容を30分かけてしゃべる特異な能力を持っているとネットで揶揄されている。
石破氏は20名の推薦人を集められるかどうかの弱小候補である。それがテレビでは有力候補の扱い、そうか、テレビのイチオシは石破さん、ということは中国、半島は石破支持ということだ。8月末の世論調査では次期総理としてダントツの1位は石破さんだった。都知事と同じくテレビに出たほうが勝ちなのだろうか。

■国民の4分の3が安倍政治を評価
安倍政治の継承を掲げる菅さんが次期総理になることがほぼ決定しているので、石破さんのことは忘れてもかまわない。石破さんは国民の支持があると思っているようだが、このような世論調査をどう思うだろうか。

経世論調査アーカイブによると安倍首相は2012年以降、約7年半首相を務めました。あなたは安倍首相の実績をどの程度評価しますか。

27%評価する
46%どちらかといえば評価する
13%どちらかといえば評価しない
11%評価しない
2%いえない・わからない
ーーーーーー
評価する計74%
評価しない計24%
また、辞任表明のあとの各種世論調査でも安倍内閣の支持率は20ポイント以上跳ね上がっている。
付き合っているときは物足りないと思ったけれど、別れてみたら本当は優しい人だったのね。ヨリが戻らないかしら・・・。

安倍さんも無念であったと思う。でも病気ならば仕方がない。
来年の総裁選にはまた安倍さんを、の声が出ている。潰瘍性大腸炎が完治すればそれも夢ではない。世界は安倍を待っている、その声は次第に高まってくるのではないか。
今は国民の一人として、また病弱な一老人として、安倍さんには健康回復に努めて頂きたいと願っている。

■民主主義はいいですね
年若い友人と会うために秋葉原に行った。時間はあるので都営地下鉄で浅草橋まで行き、一駅分、秋葉原まで歩いた。夕暮れのガード下を歩くのも悪くない。

友人はある国立大学の院生である。ケバブの夕食を頬張りながら、話は昨今のニュースに。安倍さんの辞任表明には吃驚しました、という。彼は外国人であるが日本語が堪能、会話はすべて日本語だから助かる。「会見で首相は国民に謝罪し、政権を支えてくれたすべての人々への感謝を涙ぐみながら伝えた。(この部分は多くの地上波のニュースではカットされた)あなたの国ではこういうことを為政者が言いますか」。
私の国の権力者は死ぬまでその地位を手放しません。そして感に堪えたようにこう呟いた。「民主主義って素晴らしいですね」。

その通り。シルバーパスだけではないんだよ。

 

8月末の1週間

 

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城南島

 

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同上

 

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この日は釣り人がいっぱい

 

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望遠で。この日は空気が澄んでいた

 

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これも望遠で

 

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羽田空港

 

8月末の1週間

 

■デジカメ修理
ここ1週間で一番大きな出来事と言えば安倍首相の突然の辞任だろう。自分も吃驚した。辞任会見、ネット記事、珍しくテレビ報道番組も視聴した。自分なりに感じたことはあるが、報道と同じく憶測に近い情報しかないので、書いてもそれ、誰かが言ってたよ、という内容になると思う。というわけで総理辞任の件は最後に少し触れるだけにしたい。

残暑が厳しく、健康のためには外出自粛が推奨されるているが、先週は何度か出かける機会があった。まず第一は自慢のカメラ、ニコンP900の修理である。タイにいるときからP900 には問題があった。液晶モニターは正常であるがファインダーを覗くと画面が乱れて、白黒のように見える。またオート撮影モードでは正常に撮影できるが、シャッター優先、絞り優先モードの場合、たまに焦点が合わないという不具合があった。通常は液晶モニターを観ながらオート撮影しかしないのだから、使用上の問題はなかった。タイにいるならそれでいいのだが、せっかく日本にいるのだから新品同様の性能に戻したい。それで銀座にあるニコンサービスセンターに出かけることにした。

事前の予約の申し込みが必要なので電話をしてみた。自動電話受付となっていて、電話のプッシュボタンを押して、当該担当部署につながる仕組み。ところが我が家の固定電話にはプッシュボタンがない。途方に暮れていると電話の先で女性がどうされました?と優しく聞いてくれる。それでは銀座の担当に回しますから。ありがたい。暫しあって、女性が銀座の電話が混雑しているようですからあとでそちらにご連絡させます、お電話番号をどうぞ。タイだったらこの後、絶対に連絡はこないところだが15分ほどで銀座のセンターから電話がかかってきた。やはり日本はすごい。

瀟洒な銀座のニコンオフィスに行くと若い担当者が故障の状況を尋ね、ウーン、もしかすると修理代が4万円くらいになるかもしれません、という。エー、それくらいの値段で買ったのですから、買い直します。それではエンジニアに見てもらって、修理費用をまずご連絡します。それを先に言ってよ。

こうなる前、カメラにショックを与えたことはありませんか、との質問。あります、あります、とラオスの悪路でバイクが1mくらい飛び跳ねた話をした。すると若者は衝撃を与えたということでしたら2千円余計に頂きます。トボケればよかったかな、と思ったが、いや、故障理由がはっきりして修理が簡単になるかもしれないと思い直した。

交通違反
暑くてもフォルツァには乗る。P900を預けてしまったので、城南島はあきらめて、都内をツーリング。1号線をサントリーホール手前で左折して、六本木方面に行こうとした時だった。警官が飛び出してきて、前方にいる警官のところで停まれという。

なんで停められたかわかりますか? 全然。一時停止違反、スピード、緩めなかったよね、切符切りますねー、ハイ免許証出して。タイの国際免許証を出す。日本の免許証ないの? ないです、こっちで取りなおすと1万円以上かかる、国際免許は千円くらい、だからタイ在住邦人はみな、国際免許です。自分を停止させた警官も来て免許証を弄り回している。そのうち一人が小声で呟いた。「これじゃ切符切れねーな」。ヤッター、心の中でガッツポーズ。これで違反を見逃してもらったのは2度目だ。

■週末
荻窪で友人と昼食を摂った。楽しかったし、昼からビールを飲んでいい気持、3時ごろ家に着いてPCを開くと安倍首相辞任のニュース。愕然とした。辞任会見を視聴したが、記者の程度の低い質問にがっかり。総理をねぎらう言葉を発したのは一人だけ、外交問題への質問は全くなかった。恒例の「アベ、ヤメロ」の官邸デモは「アベ、逃げるな」に変わったそうだ。左翼も安倍総理の再々登板を願っているのだろうか。

土曜日は目黒シネマに行き、「ジュディ 虹の彼方に」と「私は、マリア・カラス」の2本立てを観た。客席は100ほどあるが、時節柄一人おき50人定員、週末でも7割ほどの入り。シニア料金千円だから観客はジジババばかり。

目黒から40分ほど歩いて帰宅。シャワーでも、と思っているところに次男が現れた。テレビのない自分を憐れんで、地デジ対応の小型DVDプレイヤーを持ってきて、組み立ててくれた。久しぶりに視聴したテレビは辞任ニュース一色。どこの局も内容は乏しい。  
一時停止違反の反則金を支払わずに済んだので、息子を寿司屋に連れて行って奢ってやった。こうして8月の最終週は過ぎていった。

 


 

 

情報弱者

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横浜、山下公園氷川丸

 

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山下公園

 

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望遠で船名が読めた。

 

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公園のベンチもソーシアルディスタンス

 

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レインボーブリッジ

 

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望遠で橋を撮影

 

 

情報弱者

■夜半の目覚め
年齢とともに睡眠は変化する。健康であっても高齢になると睡眠が浅くなる。夜中に目が覚める。早朝に目が覚める。早寝早起きは老人の常である。眠りが浅くなることは、白髪やしわが増え、体力が落ちるといった加齢現象の表れで、病気とは言えないそうだ。

自分も深夜、早朝に目が覚めて、トイレに行く。寝床に戻ってもなかなか寝付けない。そこで携帯を取り出して、ユーチューブを聞く。保守系論客のニュース解説を聞くことが多い。地上波、新聞、野党はバカではないか、我が日本の将来はどうなるのか、と次第に興奮してきて、更に眠れなくなってしまう。ただし、経済評論家の上念司氏の解説は聴いているうちに眠くなってくる。
上念さんの話の内容が退屈というわけではない、時折、それ違うよ、と思うこともあるが、かなりまっとうなことを述べている。ただ彼の場合、滑舌がいいし、メリハリの利いたしゃべり方なので、なんとなく神経が休まってきて眠くなる、こういうことらしい。

 

■情弱
上念さんは新聞とテレビだけが情報源という老人を情弱(情報弱者)と批判している。世の中、65歳以上の老人の半分は情弱らしい。

「我々は大ぜいが言うことを、共に言う存在である。この世の中は、自分で考える力のあるひと握りの人と、自分では考える力がなくて、すべて他人に考えてもらう大ぜいの人から成っている」と山本夏彦翁は言っている。昔から情弱はいたようだ。また同時に、翁は「情報はいくらあっても肝心なことは書かない。それをかいつまんで言うのがジャーナリストの務めなのに、言ったためしがない」と書いている。事実をかいつまんで言うどころか、でたらめを言うのがマスコミだ。そのでたらめをオウム返しにしゃべる人は少なくない。

パンデミックの報道でも、「無対策だと」という前提付きではあったが、重篤な患者が日本国内で約85万人に上り、このうち約半数の40万人程度が死亡する恐れがあるとの試算を流し、人々を不安に陥れた。4月半ばのことである。7月にも「あと1月もすれば目を覆うような被害が広まっている」という医師の発言をマスコミは繰り返した。感染者が増えたら感染者激増、死亡者が増えたら死亡者増加、と不安を煽る。海外と比べて死者はどうなのか、感染者の増加率を示す実効再生産指数は1以上かどうか、など統計や科学的根拠は示されない。
2018年に熱中症で亡くなった人は1581人、そのうち65歳以上の老人は1288人となっている。他にも交通事故で亡くなる人、年間4596人、転んだりして亡くなる人、年間9645人、インフルエンザをこじらせて亡くなる人、年間約1万人という数字がある。だから、武漢肺炎は怖くない、亡くなった人は仕方ないとは言わない。確かに身近な人や自分の生死は大事であるが、社会的にみれば、それほど大きな問題とは言えないのではないか。

 

■利益第一、良心第二
テレビも新聞も商売である。売れなくては何もならない。視聴率、販売部数を上げるためには視聴者、購読者が求めるニュースを提供する。顧客は不安を、恐怖を求めている、となればその方向に流れる。視聴率、販売部数が伸びれば広告主も喜ぶ。倫理的に問題があるかもしれないが経済合理性はある。
テレビのコメンテータ、新聞の寄稿者もお金を貰っているのだから、広告主、ディレクター、編集長の意向に反することは言えないし、書けない。
ショーン・Kの出演料は一回50万円だったという。ディレクターに「こう言って下さい」と言われれば、次回のこともあるから、指示に従うのが普通だ。俺はそんなハシタ金で良心は売らない、という人もいるかと思うが、自分だったらカミさんや子供が喜ぶと思って受け取るだろう。全くチャンスはなかったが、政府高官とか政治家にならなくてよかった。あっさりハニートラップやワイロに引っかかったに違いない。
自分がそういう人間だから、故意に世を不安に陥れようとするコメンテータやマスコミ人を声高に非難する気になれない。


■自分も情弱
上念司さんによると、情報はいくらでも流れている、でもその中からこれは、という情報を拾い上げる、それが大切という。情報は玉石混交だ。確かな情報を拾い上げてストーリーを組み立てるには多少の能力がいる。上念さんはじめ多くの保守論客は、必要な情報を集めてそれをかいつまんで説明してくれる。そういったユーチューブに頼っている自分は、あまり自分の頭で考えないという点で、マスコミに振り回される情弱とそれほど変わりがないのではないかと思う。
一人暮らしのよくない点は「反省癖」がつくことである。

 

夏が来れば思い出す

f:id:hidenaka24:20200821172637j:plain京浜島から羽田空港を撮影

 

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羽田に着陸するJAL機、望遠撮影

 

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着陸機を撮影するために来ているオタク

 

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お台場海浜公園

 

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海浜で遊ぶ高校生4人連れ

 

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海浜で遊ぶ子供


夏が来れば思い出す

 

■都々逸
「夏やせと人に答えてほろりと涙、捨てられましたと言えもせず」。夏になると思い出す都々逸の一節だ。都々逸(どどいつ)とは、江戸末期に初代の都々逸坊扇歌(1804年-1852年)によって大成された、口語による定型詩。七・七・七・五の音数律に従う。元来は、三味線と共に歌われる俗曲で、音曲師が寄席や座敷などで演じる出し物であった。 主として男女の恋愛を題材として扱ったため情歌とも呼ばれる。

自分が若いころ、柳家三亀松という都々逸、三味線漫談家がいて、ラジオやテレビに出演していた。粋談を得意としていて、花柳界ではおおモテだったらしい。随筆家の山本夏彦翁は、三亀松を「ホルモンぽたぽた」と嫌っていたが、都々逸は巧かった。チェンライに持っていったUSBの中に、三亀松師匠の都々逸全集のCDコピーが入っていたから、自分でも聞いていた時期があるのだろう。
そういえばラジオ、テレビで寄席芸能が放送されなくなって久しい。都々逸は色物であるし、こういったお座敷芸は廃れてしまったのだろうか。

都々逸など聴いたことがない、という人でも
・三千世界の 鴉を殺し ぬしと朝寝(添い寝)が してみたい
・立てば芍薬 坐れば牡丹 歩く姿は 百合の花
・ざんぎり頭を叩いてみれば 文明開花の音がする
・諦めましたよ、どう諦めた、諦めきれぬと諦めた
・恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす
といった都々逸をどこかで耳にされたことがあるのではないだろうか。

この暑さでもビールが美味しくて夏痩せとは縁のない生活である。飲みながら、振られて痩せる思いをしてもよかったかなあ、などと考えることがある。「こうして、こうすりゃ、こうなるものと、知りつつ、こうして、こうなった」という人生でもなかった。そんな自分に相応しい都々逸を一つ。
「くじも当たらず出世もなくて 今日を生きてる運のよさ」。

■映画の迫力
3月初旬の帰国以来、観にいった映画は20本近くになる。ネットの評価を参考にして映画館に足を運ぶ。実話をもとにした深刻な映画もあるが、こんなのありえねーだろーといったアクション映画もある。でも評価の高い映画はそれなりに感情移入できてハラハラドキドキする。「ダークナイト」は悪のカリスマ、ジョーカーと正義の味方、バッドマンとの闘いである。格闘シーンでは自然に手足がぴくぴく反応してしまう。

ヒロインがジョーカーに高層ビルのてっぺんから突き落とされる。キャー。するとバッドマンが高層ビルから身を躍らせて、落下しつつあるヒロインにたどりつき、地上に叩きつけられる寸前に彼女と共に地上にすっくと立ちあがる。こんなのニュートン運動方程式からいってもありえねーだろー。
アクション映画は絵空事だから、こんなことにいちいち目くじら立てるものではない。おー、すごい、びっくりした、それでいいのだと思う。事実、この場面では興奮した。

絵空事と感じさせないためには
最近、友人が「知り合いの女性が出した短編集ですが」と言って一冊の本を呉れた。遺産相続をめぐって三姉妹が血みどろの争いをするという話で、小説としてはなかなか面白かった。でも登場する三女性の表情や性格が掴みづらくてどうも感情移入ができない。小説も映画と同じく絵空事ではあるが、それを現実のごとく読者に訴えるには文章力が必要と感じた。

2つ目のバンコクを舞台としたほろ苦い恋愛小説も読んだ。でも、ヒロインが「チャオプラヤー川を遡って、やがて舟はメコン川へと入っていった」というくだりには、なんだよー、と思わざるを得なかった。チャオプラヤーメコンもタイを流れる大河であるが全く別の川である。隅田川を遡って、やがて舟は最上川へと入っていった、というに等しい。
おそらくこの本は自費出版なのだろう。編集者がついていたら作者は決してこんな間違いを犯さなかったと思う。絵空事ではあっても初めから間違いと分かることはファンタジー小説でない限り許されない。

と、書いてきたが、自分とて人の批判ができるような身分ではない。しがないブログを書いているが、読者にミスを指摘されることは多々ある。思い違いもある。メール配信のほうは直しようがないが、ブログは後で気が付いて、こっそり直すこともある。
ミスはともかく、ウィキなど引用元を明示しないままコピペすることがある。ネットにきれいな写真があれば無断借用もする。カメラ性能をいいことに、無断でポートレートを撮影する。そのうち逮捕されるか。

「粋な話で始まるブログ、野暮な懺悔で尻すぼみ」、今回は都々逸(のつもり)で終わります。

 

残暑は厳しいが

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フォルツァ、京浜島で

 

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お台場海浜公園

 

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同上

 

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観光船が見えた

 

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フォルツァ、中古で5年落ち

 

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お台場、夜はこんな風に見えるらしい。


残暑は厳しいが

 

■命に関わる暑さ
「You might think today’s hot」、これは「言うまいと思えど今日の暑さかな」と訳すそうだ。それにしても暑い。静岡県浜松市で8月17日の午後に41.1℃を観測した。2018年に埼玉県熊谷市で記録した、41.1℃に並び国内最高気温のタイ記録となった。気象庁では体温を越える気温となると、「かなり危険」という言い方をする。熱中症のリスクが高いということだ。ニュースでは命に関わる危険とも言っている。外出したら100%熱中症で倒れるようなことを言っているが、ニュースでは通行人がのんびりと「暑いですね、やりきれませんわ」、「アツーい」(子供)と言っている。暑いけれどすぐに倒れるようなことはない。感染者が増えても幾何級数的に死者が出ないのと同じ。
チェンライでは4,5月の暑季、気温40度以上の日はざらにある。タイの家屋は夏用にできている。天井が高く、窓が広い。エアコンを入れても効率が悪い。我が家にもエアコンの部屋があったが、騒音と冷房効率の低さから移住当初から冷房を使用しなかった。扇風機だけでなんとか凌いだ。
気温40度以上となると、ベッドも机も戸棚もどこを触っても熱い。小学生の時に読んだ本に、中東諸国ではバスの一番涼しい席は、人が立ったばかりの席です、と書いてあった。ホントかなあ、と思っていたが、事実であることをタイで知った。
日中40度超となる日でも朝の気温は22-23度ほどであるから、毎日のようにテニスに行っていた。ただし、10時を過ぎると急激に気温が上がってきて汗が滝のように流れる。
帰宅してシャワー、パソコンへ向かうのであるが、顔や腕が汗で濡れてくる。また水シャワーを浴びる。タイ人と同じく、1日に何度も水浴びをする習慣ができた。でも夕刻となると気温が下がってきて、「風の音にぞ驚かれぬる」の爽やかさを感じる。そう、チェンライには熱帯夜はない。東京は1晩中30度を下回らないような日がある。エアコンがなければかなり体に堪えると思う。それに東京の暑さは湿度を伴っているから、不快さが倍増する。エアコンのある部屋に籠っているから何とも言えないが、東京の夏のほうがチェンライより体感的に暑いと思う。

■四季のありがたさ
しかし、この暑さもいずれ過ぎ去る。あと2,3週間もすれば秋が来て、日差しが柔らかくなり、木々の紅葉が始まる。四季がはっきりしているという点でやはり日本はいいなあと感じる。
桜が見られるのも今年が最後かなあ。裏を見せ、表を見せて散るモミジ、自分も散りどきを考えねばなあ、と神妙な気持ちになるのは年のせいばかりでなく、やはり日本に住むからであろう。北タイでも俳句を嗜む人は少なくないが、年がら年中、Tシャツに短パン、バナナは何時でもあるような土地柄では季語が難しいし、季節の移ろいを表現することも楽ではない。チェンライにも雨季、乾季、暑季とあるが、季節にあまりけじめがなく1年が過ぎていく。月日のたつのも夢のうち、浦島太郎は東南アジアのどこかに流れ着いたのだろう、と書いたことがある。今もその考えは変わらない。2006年にウズベクへ赴き、8カ月の日本暮しを挟んで2020年までチェンライに居住していた。この15年はあっという間に過ぎた。邯鄲の枕、黄梁一炊の夢であったのか、それとも単なる南方ボケなのか。

■暑くてもツーリング
話変わって、スクータの話。前に乗っていたホンダフージョン(250㏄)は座席シートがボロボロだったし、エンジンもいまいちでいくらか信頼性に乏しかったので、あまり遠出はしなかった。7月のある日、家から1キロほど走ったところで、スクータから異音がした。これはおかしいと、Uターンしたが、家から500mほど手前で走行できなくなった。エンジンはかかるが馬力が駆動部に伝わらない。ベルトが切れたらしい。500mを休み休み、鉄の塊となったスクータを押して帰宅した。息子が引き取ってスクータは廃車となった。1月ほどして息子が中古のフォルツァを購入し、貸してくれることになった。嬉しい。8月9日に到着、チェンライで乗っていたスクータと同型車だから、運転しやすい。

気温35度以上となった17日にはお台場公園まで行ってみた。休日ではなかったが、人口海浜には家族連れやカップルが散見された。知らない間に風景も変わってユニークな高層ビルが林立している。風景を撮りながら波打ち際で遊ぶ若者の写真を撮った。この暑さの中、砂浜で体を焼いているラテン系ビキニ美女が2名いたのだが、いくら望遠でも犯罪行為になる恐れがあったので、肉眼で見るだけにとどめた。

 

 

8月に考える

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靖国神社 神門、総ヒノキ造り、菊の御紋章は直径1.5m

 

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靖国神社

 

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近所の神社

 

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池上の稲荷神社

 

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本門寺石段

 

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本門寺墓地内

 

 

8月に考える

■一億総懺悔の月
「八月や、六日、九日、十五日」は評論家、宮崎正弘さんの句だ。8月は6、9の広島、長崎の原爆忌、15日の敗戦記念日と鎮魂のイベントが続く。ついでに12日は1985年に日本航空123便墜落事故があった日だ。この慰霊祭も30数年行われている。6日から15日まで、日本国民等しくこうべを垂れて犠牲者を悼むのが通例となっている。

三度許すまじ、原爆をというが、もし3つ目の原爆を落とされる国があるとすれば、それは核を持っていない国である。日本に3つ目の原爆を落とされたくなかったら、日本が核保有国になるべきだ。日本を核攻撃したら核で報復される、そう思えば日本に原爆を落とす国はなくなる。これは百田尚樹さんの持論である。核保有国となり、核攻撃の脅威が無くなった日本を25万原爆犠牲者も喜ぶのではないか。毎年、死者を悼み、核廃絶を訴えるスピーチを繰り返していても何もならない。

ハムラビ法典の時代から「目には目を、歯には歯を」が世界の常識だ。日本は2発の原爆を落とされた、だから日本は米国に2発、原爆を落とす権利がある、とアメリカ人に言ったことがある。何も反論はなかった。でも米国は日本に世界の常識を実行されてはかなわないから憲法9条の平和憲法を押し付けた。やられたらやり返せ、倍返しだ、といつ日本が言い出すかと恐れている国はある。

15日は敗戦記念日である。靖国には江戸末期から大東亜戦争で亡くなった英霊が祀られている。ただ追悼し、慰霊するだけではなく、国の為、子孫のため命を捧げた人に感謝することも大切だ。日本を二度と敵に回してはならないと思わせる勇猛果敢な戦いをして国を守って下さった。15日は英霊に感謝し、顕彰する日でもあると思う。

■「勿忘国恥」(国恥を忘れることなかれ)
やられたのだからやり返す、これを今、中国が実践しようとしている。「勿忘国恥」(国恥を忘れることなかれ)は中国共産党が建国以来、国民に教えてきた価値観である。

中国はここ4千年、世界最強、最大の国だった。近代以前のGDP は人口をもとに計算されるので世界一の経済大国でもあった。でもここ100年、欧米や日本にやられてちょっとおかしかった。中国は100年前の偉大な国に戻り、中華民族が「世界の諸民族の中にそびえ立つ」。これが習近平主席の言う「中国の夢」であり、中国の歴史の常態である。

そこで国恥の100年とは何か。「国恥」は1840年に勃発した第1次アヘン戦争に始まり、第2次アヘン戦争(56~60年)、日清戦争(94~95年)、義和団事件(1900年)、満州事変(1931年)を経て日中戦争(37~45年)に至る約100年の歴史を指す(『中国の歴史認識はどう作られたのか』(東洋経済新報社、汪錚=ワン・ジョン=、伊藤真訳)。

「国恥の100年」を構成する6回の戦争の内、日本が関わった戦争は4度に上る。白人にやられるのは仕方ないが、東夷の日本にやられたのは許せない、4度、負けっぱなしだ。4倍返し、南京で30万人虐殺されたのだから100万人以上殺さないと気が済まないと思っている中国人は少なくない。欧米だって100年、中国をコケにしてきたのだから、少々、先端技術を盗んだくらいでガタガタ言うな、が本音だろう。

■5度目も勝つ
英国は1942年に香港を中国(清)から不当に奪って植民地とした。当時の帝国主義は確かにえげつないものだった。中国人にとって植民地香港は100年の恥辱の象徴だった。
植民地から解放され、祖国に戻ってきたのになぜ香港市民は中華民族にたてつくのか、多くの市民が人民解放軍の戦車で踏みつぶされるより、一部民主派の逮捕のほうがずっといいのではないか、と大半の漢民族は思っているらしい。

中国は独裁により果断な対策を実行し、世界に先駆けて武漢肺炎を収束させ、経済はV字回復している。世界は中国の医療援助に感謝しているし、間もなく中国の「ワクチン」外交も始まるだろう。一方、民主主義の米国は大東亜戦争での戦死者16万5千人を上回る17万人の武漢肺炎死者を出し、経済は停滞、一部では暴動、略奪が起っている。

中国人はこういった映像を毎日見ているから、もう西欧は落ち目だ、今が100年の恥をすすぎ、倍返しのチャンスだと思っている。中国を侵略したこともないチベット、ウィグルではすでに何百万人もの人々が殺されている。香港、台湾、尖閣沖縄、そして日本と魔手が伸びれば何千万の命が失われることか。

8月は顔を伏せて慰霊に努めるだけではなく、5度目も必ず勝ってみせます、と昂然と顔を上げて英霊に誓う、そういった月であってしかるべきだ。