チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

ラオスより帰還

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ラオスより帰還

■11日間で3332劼鯀?
ラオス縦断の旅から無事帰還した。4月23日出発、5月3日帰宅。総走行距離3332辧9眤道路利用で東京から鹿児島までの距離が1340劼箸いΔら東京-鹿児島を往復して、そのまま青森まで行ったほどの距離を11日間で走破したことになる。わが生涯、これほどの長距離ツーリングは初めてで、スクータ走行に自信がついた。

道に迷うことがなかったのはすべて同行のNさんのお陰である。ただついて走るだけ、街に入ると、いつの間にかGHの立ち並ぶ一角に到達するし、街を抜け出す時も最短距離で幹線道路へ出る。Nさんの先導なくしては今回のツーリングはありえなかった。改めて感謝したい。

今回はチェンライの隣県ナーンからからラオスに入ってサナブリに一泊、ビエンチャン、タケック、パクセとラオス国内をメコン川に沿って南下、パクセで世界遺産となっているクメール遺跡、ワット・プーを見学、更にラオスカンボジア国境近くのコーンパペンの滝を見物、この滝はメコンのナイアガラと呼ばれ、フランスが船でメコン河を遡ることを断念したという曰くつきの大瀑布だ。滝の手前にはその数4000ともいわれる川中島があり、その一つ、コーン島で一泊、その後、ワンタオのラオス、タイ国境からタイに入り、ウボンラチャタニ、サコンナコン、ウドンタニ、ピサヌロークを経てチェンライに戻ったという次第。

ラオス、タイの地理に不案内な方にはどこがどこやら、と申し訳ないのだが、要するに、北ラオスからメコンに沿って南へ下り、タイ側に入ってからはメコンを北上し、途中から北西にチェンライへ戻ったというだけである。ウボンからそのままチェンライへ直帰するルートもあったが、ウドンタニにある世界遺産、バンチェン遺跡をまだ見たことがなかったのでウドンタニに一泊し、少し遠周りの帰宅となった。

■安倍首相の演説
旅行中、気になっていたことは4月29日に安倍首相が米国議会、上下院合同委員会で行った演説のことだった。旅先では概ね500B(1800円)以下のGHに泊まっていたから、部屋にはテレビがあったりなかったり、あってもブラウン管テレビでチラチラ線が入る。

中国や韓国でさえ、海外の自国民には自国語の放送が視聴できるようにしているのに、皆様のNHKは海外での日本語放送は原則見せない方針だ。英語放送のNHKワールドもGHのテレビでは視聴できるとは限らない。中東の衛星テレビ局アルジャジーラのニュースで安倍さんが演説する様子が数秒放映されが、細かい内容がわからなかった。

中国、韓国は、安倍首相の米国議会での演説を阻止しようと躍起になっていた。米国議員に対する政治献金、ロビー活動も半端なものではなかった。演説が行われると決まってからは、米国の民主党議員を中心に、官邸へ「20万人の性奴隷、30万人の南京大虐殺を謝罪せよ」という圧力がかかって、安倍首相自身も悩んだという。

これは青山繁晴氏の助言と聞くが、官邸は過去の天皇陛下のご発言をつぶさに検討し、先の大戦に関する部分はご発言に沿った内容になった。これまで陛下は何度も大東亜戦争、それ以前の満州事変、上海事変等について発言されているが、決して謝罪の文言や侵略と言った言葉は入っていない。悲しいことであり、二度と繰り返してはならない、という平和への強い御意思があらわれているだけだ。

タイ国内に入って友人から借りたiPadが使えるようになり、安倍首相の演説の評判を知ることとなった。35回の満場からの拍手、10回のスタンディング・オベーションがあったという。

戦勝国日本
帰宅してから、45分の演説を2回ほどユーチューブで見た。原稿棒読みで英語が下手だといちゃもんをつけた野党議員もいたが、あれだけの内容を、自信を持って披歴できるとは日本人として誇らしい。

「戦後世界の平和と、日本の選択」として安倍首相はこう述べる。
「省みて私が心から良かったと思うのは、かつての日本が、明確な道を選んだことです。その道こそは、冒頭、祖父の言葉にあったとおり、米国と組み、西側世界の一員となる選択にほかなりませんでした。日本は、米国、そして志を共にする民主主義諸国とともに、最後には冷戦に勝利しました。この道が、日本を成長させ、繁栄させました。そして今も、この道しかありません」

そうか、日本は戦勝国だったのだ。この勝ち組に中韓露は入っていない。「法の支配、人権、そして自由を尊ぶ」と言った文言は、中国に対する強い牽制になっただろう。

帰宅したらバーツが少し安くなっていた。これも安倍さんのおかげであろうか。