チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

スクータでラオス旅行(10)

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553. スクータでラオス旅行(10)

■前半は快調
4月にスクータでラオスに行った。旅の初日に国境を越えて西ラオスのサナブリで一泊、この日の走行距離は356キロ。カーブはきつかったが舗装道路走行だし、フォルツァは殆ど振動が無く運転しやすかったので、それほど疲れは感じなかった。2日目にルアンプラバンに入った。走行距離は210キロ、時間にして約5時間。

モノの本にはバイクでのツーリングは1日200キロが目処、と書いてある。それ以上になると疲労が蓄積して、事故を起こしやすくなるからだ。確かに200キロ前後だと楽である。3日目は近郊のクワンシーの滝に出かけ、水泳を楽しむ。走行距離は約70キロ、ほぼ休養と言っていい。このままいけばルアンプラバンからウドンムサイ、ルアンナムタ―を抜けて、フエサイの友好橋を渡って帰宅する。快適なツーリング旅行は続くだろう。

しかし、人生、上り坂、下り坂、そしてまさかがある、と言ったのは小泉元首相だったが、その「まさか」が快適なはずのツーリングで起きてしまった。

■トラックを見つける
4日目、ウドンムサイへ行くつもりが道を間違えて山道のドン詰まり、ポントン村に入り込んでしまった、電気も水道もないこの村で一夜を明かした。地図が役に立たず、自分がどこにいるのかわからない。来た道を引き返す以外に方法はないのだが、前日スコールがあり、渡ってきた3つの川の水量が分からない。それよりもあのアップダウンのきつい未舗装道路を走り通す自信が無い。

大きな街へ行くトラックがあることはGHの主人、チャンス―さんに聞いていたが、頼みの彼が肝心な時に姿を消してしまった。
チャンス―さんのお妾さんが親切な人で、一緒に村の大通りに出て街へ行くトラックが無いか、村人に聞いてくれた。30くらいの男が寄ってきた。上半身裸、丸刈り、愛想はいいが油断のならない顔つきだ。
ルアンプラバンまでピックアップにスクータを乗せて行ってもいい、という。しかし、その対価は1万2千B(3万6千円)。明らかに足元を見ている。ラオスの一般労働者の月給は25ドル、公務員の一家でも月100ドルの収入でやっている国だ。日本の感覚でいえば、東京から神奈川まで乗せてやるから100万円出せ、というに等しい。法外である。

それじゃいいよ、スクータで戻るから、と普通ならこう言うところだ。しかし、あの山道を走れるか、川を渡れるか。自分がこの村にいることは誰も知らない。もし、崖から転落、あるいは増水した川で流されても、兄や友人は探しようがない。マイケル・ロックフェラーというロックフェラー家の民族学者がニューギニアで行方不明になった時、大規模な捜索が行われた。しかし首狩り族に食われてしまったのか、痕跡さえ見つからなかった。

このラオスの山奥ではこのような大型スクータに乗っている人は大金持とみられている。食われる心配はないだろうが山賊に出合うかもしれない。バッグだけとって崖から突き落とし、遺体は川の流れに乗ってメコンまで、ということも考えられる。痕跡なくあの人はラオスに消えた、ということになる。

3千Bなら出せるが、と交渉を開始し、5千Bで幹線道路が走る街まで行く、といことで手を打った。これでも法外ではあるが、自分の命が5千Bなら安いものだ。それに、もし自分の遺体捜索が行われるにしてもこの額ではすまない。あとで事情を知った兄や友人から、5千Bをケチって死ぬなんて馬鹿なやつだ、と言われたくもない。

■やっと見覚えのある街へ
スクータは数人の村人の手によってピックアップに乗せられた。男がロープで固定する。村を出たのは11時だった。4WDのトラックでも厳しい山道だ。よくこんな道を走ってきたものだ。道から川を見下ろしながらやはりトラックにしてよかった、と思った。古いトラックだから坂道を登れない時がある。一度、坂下まで降り、反動をつけて坂を上る。

見覚えのある部落を通り過ぎる。子供たちが、あっ、昨日のスクータだ、と見ている。歓声をあげて走り寄る子もいる。川の水はそれほど増えてはいなかった。川遊びの子たちが昨日と同じくスクータに注目している。川岸を上がった処に家がある。その家の少女と昨日、少し言葉を交わした。彼女が大きな口をあけて笑っている。どっかで故障したのかしら、やっぱり帰れなかったんだわ・・・。自分もつられて笑いたくなるほど屈託のない笑顔だった。

村を出てから2時間半、13時30分に見覚えのある街に着いた。焼き芋売りの女の子に道を聞いた街だ。ここからルアンプラバンまで道は一本、元気が出てきた。(続く)




写真は積み込まれたスクータ、ピックアップからみた山道