チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

コラートのクメール遺跡 7

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コラートのクメール遺跡(7)

■パノム・ルン歴史公園
タコ―のバスターミナルからバイタクに載った。往復で500Bだという。7年前のガイドブックには往復100Bと書いてあったが、値上りしたのはインフレのせいばかりでなくパノム・ルンへの評価も高まって、訪問客が増えているからだろう。バイタクの運転手は珍しく女性、70キロ位で飛ばすので結構怖い。でもいくらおばさんでも腰にしがみつくのもどうかと思われ、両手でサドルをつかむという奇妙なタンデム走行となった。

両側が稲田の1本道を走ること20分、バイクはパノム・ルン歴史公園入り口に到着した。お土産店が並んでいて観光名所という感じがする。

パノム・ルンはクメール語で「大きな丘」という意味だ。カンボジアの首都、プノンペンが「ペンさんの丘」という意味であることはご紹介したことがある。パノムもプノンも「丘」だ。
パノム・ルンはパノム・ルン山という標高383mの死火山の上にそびえるクメール様式の神殿である。10世紀から13世紀にかけて増築が繰り返された。

383mとはいえ、神殿が山の上にあるということはなに厳かなものを感じる。日本でも名あるお寺はすべて山の中にある。比叡山延暦寺、栂尾山高山寺身延山久遠寺成田山新勝寺、吉祥山永平寺など。亡父の墓がある品川区の桐ケ谷寺は山の上にあるわけではないが門良山という山号が付いている。
寺に山号が付くのはお釈迦さまが6年にわたって山林苦行をしたという故事から来ているのだろう。

■厳粛性を高める工夫が
話が逸れた。神殿は東から西へ一直線で繋がっている。まず、ラテライトのブロックでできた幅広の階段を上る。この階段を上ると、長さ160m、幅7mの参道に出る。石畳の参道の両側には蓮のつぼみに似た頭を持つ砂岩の石柱が石灯籠のように並んでいる。この柱は「サオナーンリアン」と呼ばれ、片側だけで35基ある。参道からクメール様式の中央祠堂の頭の部分を仰ぐことができる。ピマーイのように平地にポンと神殿があるのと違って、山であるから、歩を進めるに従って神殿に近付いていくという気持の高ぶりを感じる。
参道は5つ頭のナーガに守られたテラス状の渡り橋に至る。この橋が俗世界と天上界を分かつ場所とされていたのであろう。

幅広な階段を3つ、そして尖塔を垣間見る石畳の参道、身を清める渡り橋、そして最後に橋から山上まで続く急峻な階段を上ることになる。
人は高みへ、天上界へと誘われて歩みを進める。階段は52段、上がりきると目の前に荘厳なアンコール期のバプーオン様式寺院が現れる。誰もがあっと息をのむ瞬間だ。縦60m、横88mの回廊に囲まれた神殿はラテライトと砂岩造り、山上にもかかわらず蓮の花が咲く4つの池が配置されている。

砲弾型、あるいは玉蜀黍型といわれる尖塔を持つ本堂は、高さ27m、その外壁は無数のヒンドゥーの神々が彫りこまれている。13世紀頃、パノムルン周辺地域を所領としていたナレーンドラアティットがこの本堂を建築したというからこの神殿の中では新しい建築物である。
境内には10世紀の建物の礎石、11世紀に建てられた小祠堂などが残されている。

■参詣時間は1時間だったが
クメール寺院は石造りであり、シンメトリックな構成から重厚かつ荘重な印象を受ける。しかし、近くに寄って壁や回廊に彫られた超密な宗教装飾をつぶさに見ていくと、ヒンドゥーの踊るシヴァ神(ナタラージャ)、横たわるプラ・ナーラーイ、ラーマキエンのラーマ王子、クリシュナ神、豊満な天女達など、躍動的で軽やか、時にはエロチックという意外性がある。見ていて飽きない。

カンボジアとタイは最近までプレア・ヴィヒア遺跡(タイ名カオ・プラ・ウィハーン遺跡)の領有を巡って武力衝突を繰り返すなど、歴史的に友好な関係にあるとは言えない。クメールの美術、建築が示すように、今でこそインドシナの小国であるが、カンボジアはタイを凌駕する文化大国であった。カンボジア人が心の隅で「タイなんか野蛮国だ」と思うのも無理からぬところがある。

パノム・ルン山からはタイの平原が見渡せる。南側にうっすら見えた山々はカンボジアのドンラック山脈だろう。ここから30キロ先はカンボジア領だ。

ゆっくり見たつもりであったが、公園出口に戻ったのは1時間後だった。バイタクのおばさんと約束した時間とぴったり。タコ―のバスターミナルッまで20キロの道を戻る。

バスに乗り、コラートのホテルに戻ったのは夕方6時過ぎだった。1時間のパノム・ルン滞在のために数時間バスに揺られていた計算になる。しかしタイでもっともよく保存されたクメール遺跡を見た満足感はバス旅行の疲れを補って余りあるものだった。(続く)



「最初の階段」「参道」「ナーガの橋」「パノム・ルン前景」「ヒンドゥの神」「天女」