チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

それぞれの良さ

 

ポスター

朝が来る、映画の一場面

これがロンコン

中央が吉川コーチ、両側は女子プロ 、観客席で

お気に入り、サラチップちゃん

同上

 

それぞれの良さ

■滞在中は本も読んだ
武漢肺炎に振り回されて人生変わりました、という人は多いことだろう。自分も2020年3月にちょっと帰国したが、数日の差でタイへ戻る便がキャンセルになり、2021年11月までの1年8カ月、思いも寄らず日本に長期滞在することになった。

滞在中、映画を150本ほど見た。メル・ギブソンショーン・ペンの出演した「博士と狂人」は、初版の発行まで70年を費やし、世界最高峰と称される「オックスフォード英語大辞典」の誕生秘話だった。この映画にはサイモン・ウィンチェスター著、鈴木主税・訳『博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』というタネ本があったので図書館で借りて読んだ。ついでに辞書作りを題材とした「舟を編む」を読んで初めて三浦しをんという作家を知った。
また河瀬直美監督の「朝が来る」ではこの映画の原作者が直木賞作家の辻村深月と知り、本も読んだ。ここ10数年、日本の小説はほとんど読んだことはなかったが、自分がいない間に才能に溢れた女性作家が輩出しているようだ。もし日本にいなかったら、何も知らないまま時間を過ごしたはずだ。

でもまあ右の道を行けば泉があって水が湧き出していた、左の道を行ったら草原が広がっていた、程度の話で人生がガラリと変わるようなドラマチックなことは起こらなかった。それでも美味しいものも食べたし、少し旅もしたし、やはり日本暫く暮らしてよかったな、とは思っている。

■自堕落が許される
タイに戻って1年4カ月ほど経過した。海外旅行は時節柄、自粛したが、国内も殆ど出掛けていない。年を取ると旅に出たくなるのは芭蕉くらいで、自分は億劫かつ面倒くさがり屋だからチェンライに逼塞していた。特に体の調子が悪いわけではなく、週5回はテニス、あとはPCに向かって時間を過ごす。

ユーチューブは視聴者の嗜好を分析していて、自分の場合、保守論客の時事解説番組が目白押しに紹介される。多分、反自民のリベラル派にはコニタンは正しい、高市早苗はすぐ辞職しろといったユーチューブが紹介されるのだろう。お互い自分の好む情報しか採り入れないから、お互い依怙地になっていく。ユーチューブは日本社会の分断を謀るヤミ勢力の支配下にあるのではないか。餡子に塩を一つまみ入れるように、たまには朝日や東京新聞の論説なども紹介してくれたらいいかな、などと思っている。

単調ながらチェンライの暮しが長くなってくると、タイにはタイの良さを再認識する。「じだらくに寝れば涼しき夕べかな」という古句があるが、チェンライの暑季は自堕落に寝ても起きても暑くてたまらない。これでは高邁な精神活動はできないし、精密なモノづくりも絶対できないと思う。それでもグダグダしている自分を許せない、とか少しは生産的なことをしたらどうか、などと言う人はいない。周りの人もみんな自堕落でグダグダしているからだ。

日本では駅のエスカレータで動かないなら左、急いでいるなら空いた右側を上るという不文律があり、左に立っていても前後の人に接触しないように気を使った。ずっと日本にいたら考えなくても体が他の人と同じように反応して、一種の秩序だった所作ができるのだろうが、しばらく日本を離れていると体が動かない。予め、頭で所作を考えているのだが、とっさの動きができなくて若者に「チッ」と舌打ちされたりする。チェンライのBigCやセンタンにはエスカレータがあるが、左右を考えて利用している人はいない。エスカレータを登る人がいないから、どちら側に立ってもいいのだ。

■ゴミを放り捨てる
テニスコートに仲間がバナナを持ってくる。スポーツ選手にバナナはいいと聞いているので、遠慮なく食べる。バナナの皮はどうするか。コートを隔てる網の間から外に捨てる。外は草地になっていてゴミは目立たない。

昨年、ITFのテニストーナメントの時、観客席で日本人コーチと話していた。近くにテニス仲間がいて出始めの「ロンコン」を持っていた。ロンコンは緑色のブドウ状、中身は白くてラフランスのような味の果物だ。コーチは食べたことがないだろうと仲間から少し分けてもらった。自分は種と皮を客席から隣の草地へ放り投げたが、コーチは皮を横に置いている。「捨てられないんでしょ」と聞くと「捨てられないです」。仕方ないので彼のゴミも併せて放り投げた。

日本ではコートにはいる前に、選手、関係者は一礼するという。柔道や相撲並みだ。コーチも観客席とはいえ、神聖なコートの周りにゴミを捨てるなんて、この人はもう日本人ではない、と思ったに違いない。