チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

クイルックバザール

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クイルックバザールへ行く。

クイルックバザールは生鮮食料品中心だ。バザールの中のバザールといわれている。というのはアライスクバザールやチョルスバザールなど市内のバザールで農産物を売る商人が商品を仕入れに来るのが、ここクイルックバザールだからだ。クイルックバザールに行くには地下鉄チランザール線チカロフ駅から15番バスに乗って20分くらい。タシケントの南、チルチック川のほとりに位置する。

バザールについてみるとスカーフを巻いたウズベク人のおばさん、お姉さんが道をびっしりと埋めている。これはこのバザールの近くにある温室農園や道路清掃に雇われる女性の群れだ。山谷の労働者手配と同じで、トラックやバスで手配師が必要人数を集めに来る。

さて、クルイックバザールは高さ20メートルはあろうかと思われるかまぼこ型屋根が連なる吹き抜け市場だ。広さは東京ドーム3つ分はあるトマト、玉葱、ブロッコリー、ジャガイモ、サクランボ、イチゴなどのほかにニラ、長ネギなど他のバザールでは見かけない野菜もある。生鮮野菜、果物のほかに、野菜の苗、種、牛の飼料、生花などが売られている。巨大な市場だが通路が広いので、ゆっくり見て回れる。品数も豊富だし、鮮度もよい。また値段が市内のバザールに比べて2,3割安いことに気づく。卵も市内では1個110スムに対してここでは90から95スム。お客は圧倒的にウズベク人だ。

朝鮮族がキムチやカクテギなどの漬物と一緒に味噌を売っていた。日本の味噌より少ししょっぱいのだがこちらでは貴重な品。カップ1杯で300スム(30円)なので早速購入。おばさんがこそこそと太さ7,8センチ、長さ30センチほどのハムを取り出す。油でてらてら光っていてうまそうだ。何の肉?と尋ねると「犬の肉」という。買ってもいいが一人暮らしで1月も犬ハムを食べ続けるのもしんどいのでパス。豆腐コーナーでは10メートルくらい豆腐を売る店が並んでいる。試食させてもらう。硬めの木綿豆腐、味はよい。こちらの日本人はこれを買って帰って一度ゆでてから冷奴にするという。

農産物バザールの隣に広いトラックターミナルがあり、10トントラックが100台以上駐車している。ほとんどの車がジャガイモ、または玉葱の大きな袋を積んでいる。トラックのナンバーでどこから来ているのかわかる。多くはスルカンダ州、サマルカンド州のものだ。2,3日かけて村から農産物を集荷し、クルイックバザールのトラックターミナルで、3,4日かけて売りさばいてまた地方に戻る、という。市況を確かめ、あらかじめ村の一定の場所に用意させて集荷し、タシケントで話をつけてある仲買人に農産物を渡せば集配の時間は5分の1になると思うのだが、どうしてこういう商売の形態になっているのかわからない。トラックから50キロ以上あると思われるジャガイモ袋をリヤカーに積んでいるが、実にゆっくりした作業ぶりだ。

バザールの一角には肉市場もある。ここは学校の講堂ほどの広さのガラス張りの建物になっている。中に入ると獣のにおいがむっとする。羊と牛肉だけで豚肉は扱っていない。ウズベク人は豚肉も平気で食べるといわれているが、やはりモスレムの国だから、豚肉は限られたバザールでしか購入できない。

バザールを出たところで、おばさんがコーラなどの空ペットボトルを売っている。綿実油を売る油屋があり、その容器を売っているのだ。ここのバザールにも体重計を置いて体重測定の商売をしていたが、市内では1回100スムのところ、ここでは50スム(5円)とやはり安い。

バザールと道路を隔ててバスターミナルがあり、その横に衣服、雑貨などを売る一角がある。御徒町アメ横に感じがよく似ている。その周りではパンやタバコ、靴下など小さな屋台に載せて小商売をしているおばさん達がいる。

突然、切羽詰ったような女性の絶叫が響いた。逃げ惑うおばさんたちを警官が追いかけている。パンが散乱する。警官隊が大型バスを乗りつけて、無許可の小商売をしている人たちを一斉検挙しに来たのだ。仕入れてきたパンを売っても一日の稼ぎは何百円にもならないだろう。そのパンは地上に落ちている。仕事探しに集まっていた婦人たちも一人も見当たらなくなっていた。こういった貧しく、ひたむきに生きている女性達を検挙するのが警察の仕事なのか。


1947年、国民党の官憲が市場の煙草売りの老婆を殴打したことから起こった台湾の「2.28事件」を思い出して暗澹とした気分になった。