チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

ウルクゾールバザールへ行く

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ウルクゾールバザールへ行く

ウルクゾールバザールは服飾品、建築資材、雑貨、乾物類、お菓子の総合卸売市場だ。生鮮食料品は売っていない。ウルクゾールバザールに行くには地下鉄チランザール線チランザール駅で下り、駅前のバス停から125番あるいは182番のバスに乗る。乗ってから約15分、駐車中の車がたくさん見えてきたところで下りるとそこがバザールだ。どこのバザールでもそうだがバスの乗客の半数以上がバザール前で降りる。
バザールの周りは1戸建ての高級住宅街が遠くに見える平地にある。高いポプラの並木によって周りを囲まれていて、バザールとはいえ多少の品のよさを感じさせる。駐車場も広く、いわゆる押し合いへしあいのゴミゴミしたバザールのイメージはない。

例によってバザールに入るゲートを通過するとかまぼこ型のアーケードが3つほど連なっている。ここではクッキー、砂糖菓子、インスタントラーメン、お茶、コーヒー、チーズ、食用油、ハム、ソーセージなどを売っている。インスタントラーメンは韓国製、お茶の包装には漢字が書かれていて、中国製と知れる。天井がかまぼこ型になっているので、日本のアーケード型商店街を歩いているような感じである。ただ日本の商店街と違うのは通路が広いこと、そして通路にはところどころ陥没箇所があり、足元には注意が必要なこと、その穴を避けながら手押しリヤカーが行きかうことである。
市内のバザール商人、ミニマーケットはここで乾物を仕入れて、自分の店で売るらしい。この食品コーナーを抜けるとアーケードのかまぼこが20近くもある2階建て巨大マーケットが出現する。一階は工具、電気製品、電気部品、照明器具、建設資材、建設用電動具、トイレ用資材、各種パイプなど、建設業に従事する人にとってすべての材料が揃うようになっている。2階は各種衣料品、髪飾りなどの装飾品、靴、帽子などが売られている。ちょうど1階が新品をそろえたヤンギオボドバザール(ガラクタ市)、2階が服飾品バザールのイポドロームバザールといった感じだ。電気製品はやはり中国製が多い。電池を売っている。

先日、審査員を務めた「日本語学習発表会」でデジカメの単3電池が切れたので、日本センター近くの店で電池を2本買い求めた。2本で200スム(20円)、値段がおかしいんじゃないかと聞きなおしたが、やはり1本10円だった。しかし、普通のアルカリ電池だったら200枚は写真が撮れるところ、3,4枚撮ったところで電池がへたってしまった。やはり安い電池はだめだ。人の話によると捨てられた電池を集めて、包装し直して売るということも行われているらしい。スーパーや写真店などで売っているアルカリ電池を見てみると2本包装でやはり200円位している。次回からモノを買うときは値段と生産国にも注意しなければいけない。

建物の2階部分では服飾品、装飾品を売っている。間口3間ほどの店が数百軒並んでいる。通路にはどこのバザールでもそうだが、おばさん達が座って1足20円の靴下や50円の男性用下着を地べたに並べている。先日行ったイポドロームバザールでは歩いている人はウズベク人ばかりで、売られている服は黒っぽいものばかりであったが、このバザールではカラフルでシックなドレス類や大胆なデザインの若者向けジーンズが売られている。客もスカーフを巻いたウズベクおばさんばかりでなく、肌の色が抜けるように白いロシア人が目立つ。

たまたま婦人服売り場が密集している場所を歩いたが、恥ずかしくなるくらいの露出度、かつどぎつい色の下着やきわどいビキニの水着が並べられていた。こういったものはみなロシアからの密輸品です、とベク君がいう。ウズベクの女性でもスカーフを巻かず、へそだしルックの女性もいるが、それは飲酒の習慣などと同じくすべてロシアの悪い影響を受けたせいだとベク君は言う。彼に言わせると悪いことはすべてロシアから入ってきた、ということになる。

この日は特に暑い日で、のどがカラカラになった。バザール内のテラスでコーラを飲む。本来は休日でもあるし、日本であれば冷たいビールでも、というところだが、飲酒を嫌うイスラム教徒、ベク君の前で自分だけ飲んでもうまくはない。

コーラは1杯250スム(25円)だ。休み返上でバザールを案内してくれたベク君にほかに何か、といっても遠慮して何も注文しない。ウズベキスタン人の「遠慮」については、元ウズベキスタン大使、中山恭子さんが著書「ウズベキスタンの桜」で詳述されている。コーラを飲みながら改めてその記述を思い出していた。