■神様のささやき
長い間顔を見せなかった人が、さしたる用も無いのにひょっこり現われ、「いろいろあなたにはお世話になりました」と言って去る。おかしなこともあるものだ、と考えていると、ほどなくして本人の訃報を知る。ああ、あれは虫の知らせで、お別れに来たんだなあ。
こういった話をよく聞く。
4年に一回開かれるIJPCの集まりに参加するために帰国したわけだが、過去、3回は失礼している。理由は海外にいたから。だから今回に限り、どうしても参加しなければならない理由はない。故郷へ廻る六部は気の弱り。六部とは六十六部の法華経を六十六か所の霊地に納めるために白衣に手甲、脚絆姿で巡礼した僧のこと。全国を巡り歩く六部も年老いて気が弱くなり、自然と生まれ故郷へ足が向かっている、という意味の古川柳である。自分も年取ったし、日本に帰って会いたい人はいるし、食べたいものもある。でも、それだけが理由か。
もしかすると、ポックリ逝く時期が近づいていて、神様が、「これまでお世話になった人に挨拶をしておくがよい」とささやいたのかもしれない。だから日本で会った人たちから、ああ、やっぱり、と言われないようタイに戻ってから、かなり気を使った。暴飲暴食は慎んだし、酒を飲まない日もあった。車やスクータはスピードを抑え、安全運転を心掛けた。チェンマイでも爆弾騒ぎがあったから、人混みでは怪しい人がいないか目を配った。
戻ってほぼ1月が過ぎ、パソコンも回復したことであるし、神様が、もう少し生きてて良いぞよ、と言って下さっているような気になってきた。それに、安居明けから何回もお寺に参詣し、タンブンを積んでいるから、仏様のご加護もあるだろう。
■ご焼香
こういった殊勝な気持ちになったのは、最近、先輩が相次いで亡くなっているからだろう。日本でお目にかかることを楽しみにしていた方の一人にIJPC時代の直属上司だったHさんがいた。だがこの9月に彼が急死したことを出発直前に知った。Hさんは元ニューヨーク駐在員、もちろん英語が堪能である。40年以上前のことだが、IJPCに出社してすぐ、和文英訳を命じられた。悪戦苦闘して提出した。Hさんは汚い手書きの英文を一読して一言、「中西君、これはひどいよ」。高校の頃から英語は不得意、商社は敬遠して化学会社に入ったのも、国内営業主体で英語とは縁が切れる、と思っていたからだ。
その後、職場は違ったが「ホント、あの時はとんでもないのがやってきてどうなるかと心配したよ」といつもHさんに冷やかされていた。でも社内で行われたTOEICテストで800点以上とれた時には、自分のことのように喜んでくれた。
日本に到着した日に奥様に電話し、翌日、埼玉のお宅に焼香にお伺いした。これはひどいよ、の中西君が、曲がりなりにも海外で英語で授業をやっていた、と聞いて喜んで下さっただろうか。いつも励ましてくれたHさんに何もご恩返しができなかったことが辛い。奥様から自分が若い時、バイクに乗って訪ねてきた、小学生の息子があなたに憧れていたなどと自分の忘れていた、知らなかった話を伺った。大学で石原元都知事と同級で死ぬまで交流があったらしい。奥様は、年からいっても大往生ですから、と努めて明るく振舞っておられた。お宅を辞するとき、タイから帰国したばかりだったので、タイ式の挨拶であるワイ(合掌)をしてしまった。変に思われたに違いない。
■鍛える
年を取ると病気自慢が始まる。
スマートになりましたね。実は5年前、胃がんで胃を半分取っちゃったんだよ、他の臓器が胃の代用をしようとがんばっているのだが、太れなくてね。
あなた、おしっこはピューッとでますか？ いや、この年になるとチョロチョロだね。私なんか3年前に前立腺をクルリと皮だけ残して取ってしまったものだから、もうシャーッと、若い人とおんなじですよ。
嘘と思うんでしたら、ここでおしっこをしてみましょうか、と言い出しかねない。まだこの類の自慢話に参加できないが、聞くだけも結構楽しい。
元気な方は80代であっても、病を克服した後でもそれなりに鍛えておられる。ジムに通い、ベンチプレスで100キロをあげる人もいる。腹筋、腕立てが日課の人もいた。すべて自分より年上。テニスをやる友人から、ええっ、ジョギングもしてないの、せめてストレッチはやらないと、と忠告を受けた。
コートに出て、すぐにゲームを始めることは、準備体操なしにプールに飛び込むのと同じらしい。コートの上で死ねれば本望、とは全然思っていないので、遅ればせながらストレッチを始めた。
写真は靖国神社。不肖、私、この度参拝させて頂きました。
