チェンライの珈琲 その3
旅行中につき2009年に書いた原稿に小見出しをつけ、加筆訂正の上、再録させて頂きます。
■100キロの豆が10キロへ
珈琲の実は一つずつ手で摘み取られる。慣れた人は1日に80キロくらい収穫する。Mさんの畑で取れる豆だけでは足りないので、同じ山のアラビカ種を購入することもある。豆は年によって出来、不出来がある。日本ではマニアックな珈琲店の店主と珈琲フリークが、20XX年はトラジャ、マンデリンの当たり年でした、それじゃ20XX年のモカとそのトラジャをブレンドしてね、といった会話を交しているはずだ。
Mさんも当たり年の豆は多めに、それなりの年は在庫を見ながら少なめに収穫、あるいは仕入れる。熟れた赤い豆を選んで摘んでくれれば、1級品の珈琲になるのだが、1キロ、10何バーツといった重量単位で買うわけだから、人によっては重量合わせのため未熟な豆も摘んでしまう。収穫された袋の中身を見ると、あ、コレはだれそれが摘んだ豆だな、と分かるそうだ。80キロずつ入ったコーヒーチェリーを仕分けし、いいものだけを残すようにする。収穫したコーヒーチェリーを、まず水に漬けて果肉部分を取り除く。果肉を取り除いた豆を寒冷紗を敷いたレンガの上で乾燥させる。これは乾季の作業になる。これで100キロあったコーヒーチェリーは20キロになる。
豆はこの状態で保管される。もちろんこのまま焙煎するわけにはいかない。焙煎する前に豆を覆っている薄皮(大豆の薄皮と同じ)を取り除く。薄皮を取り除くと豆の周りにまだ甘皮があるがこれは焙煎のときに自然に取れる。大手珈琲メーカーは機械で皮むき作業を行なうが、Mさん夫婦は手作業が主体だ。豆の薄皮剥きは近くに住む山岳民族の寄宿生に頼む。1日100バーツのアルバイト料を払う。
皮剥き作業を行なうと20キロあった乾燥豆は12キロくらいになる。その豆を一つ一つ良く見て、虫食い豆、発酵豆、カビ臭豆、未成熟豆、病気豆、死豆といった欠点豆を取り除くと、10キロになる。始めのコーヒーチェリー100キロから焙煎前の豆として10キロになる。重量が10分の1に減るわけだ。
■焙煎
次は焙煎の工程である。珈琲豆は焙煎を経て、初めて我々が口にする珈琲の味と香りがひきだされる。Mさん宅では豆が1キロほど入る土鍋を使い、お玉で鍋をかき回しながら焙煎を行なう。焙煎を始めて、終了するまでの15分から20分間は電話が鳴っても出ない。均一にムラなく炒らなければ美味しい珈琲に仕上がらない。暑いうえにかなりの重労働である。焙煎されるとき豆の温度は約200℃程度まで到達する。強火で5~7分間炒ると水分がほとんど蒸発し、豆が黄色に変化する。お茶のような香り、青草のような香り、あるいは炒り豆の香りが漂ってくる。この香りの出方でどのような味の珈琲になるかMさんは判断できると言う。12分ほど経つと、豆が弾けてくる(ファーストポップ)。豆の大きさは2倍になり、膨張によりヒビが入る。この時すでに色は明るい茶色になっているが、酸味を感じさせる「青臭さ」が残り、まだ珈琲の風味は出ていない。
焙煎の度合いのことを焙煎度といい、8段階ある。上記茶色の豆の段階、焙煎度2はシナモンローストという。更に15分経つと、豆が均一な茶色になり、表面にオイルが浮き出す。この段階の焙煎度5をシティローストという。17,18分経つと豆は黒褐色に変化し、再び豆が弾ける(セカンドポップ)。始めてから約20分、焙煎度7から8のフレンチローストからイタリアンローストにかかるところで作業終了。ここで豆の持つ風味がすべて引き出される。回りにはコーヒーの芳香が漂う。重労働だが、うまく出来た、と嬉しくなる瞬間でもある。
■タイ人の考え方
焙煎が終了した豆を風に当てて冷やすのだが、そのやり方ででまた珈琲の風味が変わると言う。味を取るか、香りを取るかの二律背反であるが、そのバランスが難しい。Mさんの店では豆も販売している。最近、花園珈琲の焙煎豆の評判上々で売り上げが伸びている。でも焙煎作業は重労働である。Mさんはご主人のサンパンさんとどちらが焙煎作業をするかで揉めた。その結果、注文を受けた人がその分の焙煎作業をするということに決まった。「ところがねー、」とMさんは言う。「サンパンさんは焙煎豆の注文があると断ってしまうのよー。『ボクはタイ人、日本人ほど長生きしないのだから、無理して一杯働く必要はない』だって・・・」。実に筋の通った話だ。自分もサンパンさんの意見に賛成だ。自分もそう長生きしないのだから働く必要は・・・・、おっと、年金暮らしでもう働く必要はないことを忘れていた。(続く)
写真は現在の珈琲花園 沼に面しています。