チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

日本、中国、韓国

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日本、中国、韓国

時折、警官から職務質問を受ける。バザールまたは地下鉄の駅など、タシケントにはどこにでも警官がたむろしている。
こちらの目を見据えて敬礼をし、やおら右手を差し出す。握手などしたくないがこちらの習慣だから仕方がない。握手のあと何かいうのだが、こういう場合、6カ国協議の進展具合や堀江貴文の有罪判決をどう思うか、などと聞いているはずはない。意味はわからないがすぐ身分証明書かパスポートコピーを差し出す。ウズ語でないため読めないようだ。そして必ず「キタエ?、カレア?(中国人か、朝鮮人か)」と聞くので、「ヤポンスキー(日本人)」と答える。そうすると書類を返してくれる。心にもなくにっこり笑って「ラフマット(ありがとう)」と言って別れる。いつもながら愉快な経験ではない。でも「カレア」はコリア、古くは高麗から派生した朝鮮半島人を意味する言葉だが、初め中国を意味するロシア語「キタエ」がわからなかった。

キタエは実は契丹から出た単語だ。
契丹(きったん ピンイン: Qi`da-n)は北アジアから中央アジアにかけて存在した遊牧民族。キタン、キタイとも。10世紀にはモンゴル高原から中国の北方にかけて複合的な大帝国を建国し、中華世界向けの国号を遼と号した。この大帝国が金に滅ぼされると契丹人集団の一部は金朝の構成種族として取り込まれ、また一部は中央アジアに逃れて帝国を再建、中華世界からは西遼(カラ=キタイ)と呼ばれた。なお、英語で、中国あるいはキャセイ・パシフィック航空を意味するCathayは、契丹に由来する。
唐が衰弱するのに乗じて10世紀に耶律阿保機が国号を契丹とする国を建て、自ら皇帝に納まった。東アジアから中央アジアに至る広大な領域を支配し、唐の後の宋から朝貢を受け、北部遊牧民族というよりはアジアの中心王朝として栄えた。(以上ウィキペディアから引用)

恐らく、タタールのくびきの例を出すまでもなく、ロシアも契丹の侵略を受けていたであろう。ロシアにとって契丹に代表される中国北部遊牧民族は悪魔のような存在だったに違いない。キタエというとき、ロシア人は、対馬の人たちが「もんごい(むごい、モンゴル)」と蒙古襲来の蒙古人を恐れたように、遊牧騎馬民族を恐れたのではないか。今でもロシア人がキタエというときある種の恐怖心、猜疑心を中国人に感じるのではないだろうか。                       
今、米国に対抗するためにロシアと中国は様々な協定を結んで、協調関係にあるように見える。この3月にはモスクワでフーチンタオ国家主席プーチン大統領が会ったばかりだが、歴史的にみれば領土の取り合い、殺し合い、騙しあいを続けてきた不倶戴天の敵同士だ。今はよくても両国の関係がいつ歴史の常態に戻るかわからない。

ウ国は貿易関係で中国、韓国と関係が深く、また1930年代にスターリンに拉致されてきた朝鮮族も多いことから、白タクに乗ると「日本人?」と聞かれることはまずなく、「キタエ?、カレア?」と聞かれる。「ヤポンスキ」と答えると車内の空気がちょっとなごむ(ような気がする)。試しにカレアとかキタエと言ってみたらどういう対応になるのだろうか。

英国放送協会(BBC)が最近まとめた国際世論調査の結果によれば、世界27カ国の2万8000人を対象としたアンケートで、国としての日本の「好感度」がカナダと並んで第1位となったことが、3月18日付け日経の社説で報じられている。日本に対する好感度はほとんどの大国で、ポジティブ評価50%を越えているが、韓国、中国だけが日本に対して58%、63%のネガティブ評価を下しているのが目に付く。

それで、中国に対する好感度はどうかと言うとこれが大国と言われている国からはおしなべて低いと言う結果であった。韓国はデータが社説には出ていないが北朝鮮のそれは惨憺たるものだ。

試しに、ではあってもカレアとかキタエというつもりはない。いいことは起こりそうにない。
(画像は旧市街でのスナップ)