タシケントのコンニャクおじさん
ウズベクには20万人の朝鮮族がいる。1930年代に沿海州から強制連行されてきた人たちとその末裔だ。おかげでジャポニカ種のお米も味噌も醤油も海苔も豆腐も手に入る。大きなバザールには必ず朝鮮食材コーナーがある。キムチの漬物の臭いに惹かれていってもたどり着ける。頼めば犬ハムを出してくれる。犬肉のハムをクイルックバザールで売っていると言ったら、話に尾ひれがついて、「中西さんちに行くと犬ハムを食わせられるそうだ」というあらぬ噂が隊員の間で飛び交った。自分は買ったことも食べたこともないのだが。
何でも日本(風)食材が手に入るように思えるが、コンニャクだけは見かけない。一度コンニャクによく似た食材が朝鮮食材コーナーにあった。豆腐の隣で水に沈んでいる。買った人に聞くと煮るとどんどん溶けていってコンニャクとは似て非なるものということだった。
豆腐についてはその味、固さ、料理方法など薀蓄を傾ける人が多いが、コンニャクの産地や味、料理方法を熱く語る人はみたことがない。料理の脇役、映画で言えば主役には決してなれない、渋い性格俳優といったところだろうか。自分の日本にいたときはコンニャクにそれほど関心はなかったが、こちらで煮物、おでんなど作るとどうしてもコンニャクが欲しくなる。スターだけでは映画が取れないのと同じだ。
財団法人日本こんにゃく協会という組織が東京神田にある。ここでコンニャク手作りセットというものを頒布していることを知った。早速日本から送ってもらった。
50グラムのコンニャク粉と2グラムの水酸化カルシウム(凝固剤)で1セットになっており、値段は300円。これで市販の板コンニャクが6枚できる。作り方はそれほど難しくはない。50グラムの粉を1600ccの水に少しずつ入れてよくかき混ぜる。5分ほどかき混ぜていると糊状になってくる。かき混ぜる手が疲れるのでやめて30分そのまま放置する。その間に水酸化カルシウムを200ccの水に溶かしておく。糊状になったコンニャク原料をよくしゃもじで練って、それに凝固剤を全体に回るように素早く入れてかき混ぜる。
協会の作り方説明書にはこう書いてある。句読点無しで100字以上続く。たいそう読みにくい。「最初はキョロキョロなりますが、混ぜているうちに次第に粘りが出てのり状になりましたら、そのまま放置かまたは容器に移して、空気が入らないように上から押さえつけるように、空気を抜いて表面を鳴らして30分放置します」キョロキョロなる、という状態は凝固剤を入れたとき、凝固剤とコンニャク糊が交じり合わず、丁度、密豆に入っているところてんのような状態だということがわかった。固まったコンニャクを湯がいて火が通ったら出来上がり。50グラムの粉から1,8リットル分のコンニャクが出来上がる。(写真)
コンニャクを唐辛子を入れたごま油で炒め、醤油、酒で味を調え、削り節をかけるとちょっとしたおかずになる。煮物に入れてもいいし、味噌田楽もおいしい。
大量のコンニャクができるので、そのたびに欲しいという方に差し上げる。コンニャク外交、タシケントのコンニャクおじさんといえば自分を置いて他にはいない。SVはもちろん、隊員も喜んでもらってくれる、と思ったのは間違いであった。料理自慢のSVにこっそり「コンニャクを貰ったのですが、どうやって食べればいいのでしょう」と電話で聞いてくる隊員がいるというのだ。
今は料理法などインターネットで簡単に調べられる時代だがそういったところに頭が回らないらしい。それよりも若い隊員の中には料理をしたことがない、できないという人もいる。食事も外食ならまだしもケーキとか果物で済ませることもあると聞く。若いうちは体力があるからいいが、こういった食生活を続けていると老化は早いだろう。そういえば、若いのに風邪を引いた、おなかを壊したという隊員をよく見聞きするのは貧しい食生活に原因があるのではないか。
これからのボランティア派遣に当たっては適当な食材を用意し、何か作らせるというテストを課してもいいと思う。高い志は健康な体に支えられなければならず、健康な体はまず正しい食生活から、と思うからだ。食べることに興味のない人は人生を放棄している人だ、と言う古人の言葉を思い出す。