チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

海外経済協力会議 (2)

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海外経済協力会議事務局との懇談会 その2

前回の業務遂行の問題点に引き続き、それに対する自分なりの対処法について述べたい。

業務遂行に当たっての留意点 
顧客囲い込み(歴史を題材にする、ベンチャー実例で面白い授業)
 バンク・カレッジでの教職をビジネスと考えた場合、自分にとっての顧客は生徒である。顧客のニーズを知らなければビジネスは成功しない。まず、アンケートをとって生徒の興味、起業への関心度などを調べた。マーケットサーベイである。日本ではベンチャー論の一部、ベンチャーファイナンスだけを講義して1年を過ごす先生もいるが、余り専門的な授業はまだ実務経験のない18,9歳の若者には無理があることがわかった。それに授業がわからないのは生徒のレベルが低いからだ、と嘯いても教室に生徒が一人も現われないのでは寂しい。何のためにウズベクに来たのだと鬱病になりかねない。そこで、お客を逃がさないため、面白く、ためになる授業を心がけることにした。
ベンチャーベンチャーキャピタルの関係をコロンブスと新大陸発見の航海を援助したイザベラ女王を例にして話す。また、起業成功者の目の付け所、どうして急成長、高利益を確保できたか、という実例を紹介する。また、疑問を持つ、というテーマについてはどうしてタシケントの街路樹は白くペンキで塗られているか、を考えさせた。

ベンチャーのミッション、ビジョン、パッションの重視(SMEとの違い)
 ミッションとは企業理念、高い志、仕事の社会的意義のことである。仕事は一人ではできない。金だけが目的では人はついてこないし、応援してくれる人もでてこない。アップルの創業者、スティーブ・ジョブスは、マーケッティング部門強化が必要と考え、当時、ペプシコーラの社長をしていたジョン・スカリーをこう言って口説き落とした。「君は残りの人生をずっと砂糖水を売って暮らしたいのか、それよりも僕と一緒に世界を変えてみないか?」 ベンチャーのロマンを感じさせるセリフである。
ビジョンとは起業を通して自分の成し遂げたい夢のことである。孫正義さんは自分の事業で、遠い外国の少女が微笑んでくれる、そんなビジョンを語っている。もちろんこれとは別に私は豆腐屋のような仕事をやりたいのです、売り上げを一兆、二兆と数えるような・・とも話しているが。パッションとは情熱。やる気と実行力。いくら世の中に疑問を持っていても、解決策を考えていても、それを実行に起こすだけの情熱がなくてはならない。

縦軸にイノベーション、横軸に利益の線を引く。ベンチャーとはイノベーションに裏打ちされ、高収益を上げる企業である。低収益、革新技術のない、何処にでもある花屋や食堂(SME, Small Medium sized Enterprise、中小企業)とは一線を画す。

安易な起業への戒め
 とはいえ、ベンチャーの成功率きわめて低い。みながビル・ゲイツスティーブ・ジョブス三木谷浩史になれるわけではない。授業では数々の成功者を紹介しながら、君たちは決してベンチャーを起こしてはいけないよ、とクギを刺している。ビジネスバックグラウンドも信用も、従ってお金もなしで起業しても成功するわけがない。まず、まじめに働いて、信用をつくり、事業への土地勘をしっかり養ってから起業しても遅くはない。つまり、よきイスラム教徒の徳目を実践することだ、と道徳の教師のような授業をしているともいえる。

あせらず、あわてず、あてにせず、されどあかるく、あきらめず(5つの「あ」)
 発展途上国での仕事には困難が付きまとう。すべてこちらの思い通りに行くような国であればとっくに発展を遂げて、JICAの援助など必要なくなっている。JICA専門家のプロジェクトと違って、SVのボランティア活動にはきっちりした成果は求められてはいない。自分が教えた生徒のなかから何人起業したか、教えなかったクラスとの有意差はあるか、などと聞かれても、サーとしか答えようがない。その意味ではあせらず、あわてず、あてにせず、のスタンスはとれているように思う。あかるく、もまあいいだろう。しかし、「あきらめず」はどうだろう。あせらず、あわてず、あてにせず、のスタンスには、あきらめている部分があるのではないかと反省しているところである。

学校でベンチャー論を習ったからみな起業したのではない。ビル・ゲイツスティーブ・ジョブスもマイケル・デルも大学は中退だ。ベンチャーは習ったからといって起こせるものではなく、また習わなくても起こす人は起こす。その意味では自分のベンチャー論講義は空しい。それでは何故、ベンチャー論を教えているのか、それは、ベンチャーを起こして社会を変え、自分の生きがいを追求している人たちの心意気を伝え、閉塞感に満ちたウズベクの若い人を少しでも励ましたい、そんなところだろうか。

お詫び:8月13日ブログで海外経済協力会議を「内閣府の」と紹介しましたが、正しくは内閣(官房)の組織です。友人からの指摘で間違いに気付きました。お詫びして訂正します。

画像はファルファッドバザールから