チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

停電につき外泊

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停電につき外泊

■今年も異常気象?
5月に入ってもチェンライには雨が降らず、連日最高気温40度前後の猛暑日が続いている。「チェンライ農業気象観測所」の発表では1月初旬以来、ここ4ヵ月間の雨量は、15mmにも達しないという。昨年のブログを見ると5月1日から5日まで雨が降っていて、チェンライには珍しく、1日中降り続いた日もあった、などと書いてある。こんなに降るのは異常気象ではないか、と昨年は思っていた。

でも今年の日照りは異常気象だ、と周りでは言っている。チェンライ県全体に連日、雷雨注意報が出ているから、どこかでは降っているはずだ。数キロ離れたテニスコート近辺で土砂降りにあったこともある。でもPM2.5の汚染状況を示すAQIがいつも「健康に良くない」の150を越えているから空気中の粉塵を洗い流すほどのまとまった雨はまだ降っていないということだろう。潅水を忘れたら我が家の庭は枯草になってしまう。遠くで雷が鳴ると、電気がストンと落ちてしまうことがある。まあ数分で復旧するのだが、もし我が家に大雨が降るのであれば30分程度の停電は我慢できる。

東京で「停電」というと大騒ぎになると思うが、こちらでは雨季を中心に停電はよくある。停電により交差点の信号が全く点滅していないという場面にも遭遇するが、交通整理の警官がいなくても4方向の車は譲り合いと阿吽の呼吸で、スムーズに通っていく。却って信号がある時のほうが事故が多いのではないか。

■1日停電
5月のある日、明後日、朝7時から夕方5時まで工事により停電になります、という団地内放送が流れた。この暑さの中、扇風機もPCも使えないとなったら、汲み置きの水で体を冷やして床に寝転がっているしかない。それでも気温40度は凌げない。朝、シャワーを浴びたら、車で何処か1,2泊、行こうじゃないか、という相談が兄とまとまった。さて、どこへ行くか。停電当日、8時に家を出たが、その時はまだ停電にはなっていなかった。メバーンのニイさんが「タイ人が朝の7時から仕事をするはずがない」と言っていたが、まあその通りだった。

取りあえず、100キロほど南にあるパヤオへ向かう。パヤオには北タイ最大の湖、パヤオ湖がある。最近は湖を一周するサイクリングロードに人気が出ているようだ。パヤオには数え切れないくらい行っている。行きつけのタイ料理店もある。

先ず、ワット・アナラヨという山の中の古刹を訪ねる。10時というのに林の中を歩くと汗が噴き出る。この山からパヤオ湖が見下ろせるのであるが、煙害のせいで殆ど見晴らしがきかない。早々に山を下りて旧知のKさん宅へ。Kさんはパヤオで10年間、歯を食いしばって米作りを続けてきた。その苦闘の経験はブログに書いたことがある。彼も70を越したし、やるべきことはやった、という気持ちで今は農地を小作に出しているとのこと。
話が弾むうちにお昼までご馳走になり、泊まっていけば、というお誘いを振り切ってKさん宅を後にする。

■この日は230キロ
このままパヤオにある湖畔の宿に入って午睡など、と思っていたが同行の兄が、さらに130キロ南にあるランパーンに行こう、俺ももう行けないかもしれないしな、と言う。7月に兄は帰国する予定だ。ランパーンにはワット・プラタート・ランパーン・ルアンという北タイで最も美しいといわれる寺がある。この寺は丑年生まれの人にご利益があるとされており、お参りする度に丑年生まれだった母の長寿を願ったものだ。そのお礼参りもいいかもしれない。

ランパーン行きつけの人気ホテルは幸いに2部屋空いていた。シャワーの後、冷房をかけて1時間ほど昼寝。
ランパーンは内陸部に位置し、酷暑の街として有名、最高気温44度はザラという。でもこの日は雨があったようで夕方、外に出ると渡る風が心地よく、汗ばむこともない。20分ほど歩いてランパーンの市場へ行く。ワン川沿いの高級レストランに行ってもいいのだが、あえて市場内に並んだ屋台の後ろにあるテーブルに腰を下ろした。近くのコンビニで買った缶ビールを音高く開け、屋台で買った焼き鳥や串焼きを齧る。少し離れた屋台はタイ風サラダ、ソムタムの専門店、若い夫婦がてきぱきと働いている。奥さんは次から次への注文を愛想よく受け、手は全く休めない。この年になると懸命に働く若い夫婦の姿に感動してしまう。店を閉めた後、今日も結構稼げたわね、などと話し合うのだろうか。屋台の間を行き交う人々を眺めて、チェンライとの比較で相違点を論じ合う。生産的ではないが、老人兄弟に残されたの楽しみの一つなのかもしれない。



写真はワット・プラタート・ランパーン・ルアンと仏像