チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

シーテープ歴史公園(5)

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シーテープ歴史公園(5)

■入場料未払い
公園の資料センターから出るとタイ人客を乗せた遊覧バスが待っていた。乗ろうとしたが自分が停めたスクータの横に警備員が立っていて、強い口調で50mほど離れた駐車場に停めて来いという。バスが出ちゃうよ、と言っても怖い顔で駐車が先、と言う。仕方なく駐車場へ行く。ここで気づいたのだが駐車場わきに入場券売り場があってタイ人は20B、外人は100B徴収されることがわかった。でもバスが待っているので、スクータを停めるとすぐ資料センタ―へ走っていった。自分が乗るとすぐに遊覧バスが動き出した。

あとで知ったが、入場料の他に駐車料金として50Bを別途徴収され、そのうち10Bは遊覧バスの乗車料金だという。入場料はいらないという古いネット情報を信じていたため、ついスクータで乗り入れてしまった。入場料も払わず、遊覧バスにも乗り、センターのお嬢さんから立派な英文パンフレットまで頂くという日本人にあるまじき行動をとってしまった。知らぬこととはいえ、の仕儀ではあるが深く反省する次第である。

■墳墓遺跡
バスはまず、先史時代の遺跡へ行った。シーテープ歴史公園はモン族、それからクメールの遺跡と思っていたがモン族よりはるかに古く、紀元前1000年に遡る墳墓遺跡も園内にある。土地を数メートル掘り下げ、その穴の底に人骨と副葬品が並んでいた。そういえば資料センターにもガラスケースに入った骸骨と壺が展示されていた。これらの墳墓遺跡は1988年に発見されたという。
人骨はかなり大柄で180僂らいの身長があったのではないかと思われる。現在のタイ人とは全く違う人種のようだ。雲南省に住んでいたタイ族が唐や宋の時代から、また元の大理国攻略の頃に多くメコンを南下してきてタイ人のルーツになったと言われている。いずれにしても墳墓遺跡の人骨と似ても似つかない。

タイ国内のクメール遺跡としてはコラートのピマーイ遺跡が有名である。ピマーイ遺跡から45キロほど離れたバーン・プラサートにも先史時代の墳墓遺跡がある。やはり土地を振り下げた穴の底に人骨や副葬品が並べられている。確か3つほど穴があり、古い遺跡はやはり紀元前1000年に遡る。人骨から見て埋葬された人はかなり大柄だったという記憶がある。バーン・プラサートは濠と土塁の囲まれた環濠都市であったとされ、シーテープと共通点がある。居住環境に恵まれたところには古代から人が住むということだろうか。

■人骨から考える
バーン・プラサートで展示されている人骨のうち、いくつかは頭蓋骨が切り取られている。戦いか処刑か、いずれにしても横死であることは間違いない。
シーテープに葬られている先史時代の人骨も首の辺りに矢じりが残っており、戦いによって命を落としたと推定されているそうだ。
どんな民族であったのかわからないが、インドシナ半島はずっと陸続き、いろいろな民族が流れてきて抗争を繰り返し、あるものは残り、あるものは滅びてしまったのだろう。

日本は工事現場や洞窟で数百年、数千年前の人骨が発見されたら、ああ、我々のご先祖がそこで暮らしていたんだな、と実感できる。でもタイでは古い人骨が土中から出てきてもご先祖ということはできないし、体格はもちろん、言葉も皮膚の色も違う異国人であるかも知れない。それこそどこの馬の骨かわからない。

シーテープやバーン・プラサートの墳墓遺跡の人が生きていた紀元前1000年というと日本では縄文時代にあたる。縄文時代の2500点を越える人骨を調査した結果、暴力による死亡率が他国に比べ、異常に低いという山口大学岡山大学の調査をご紹介したことがある。
(タイの城壁に思う  https://blogs.yahoo.co.jp/uzbekistan24/55352196.html )

島国で外敵の侵入がなく、四季に恵まれ、まずまず餓えることのなかったせいで、列島全体、和気藹々と暮らしていたのではないか。万世一系の平和民族は縄文から現代まで連綿と続いている。

■遺跡見学
墳墓遺跡のあと、またバスに乗り、11世紀から12世紀に造られた2つのクメール遺跡(シーテープ遺跡とソンピーノン遺跡)へ行く。みんなぞろぞろとバスを下りて適当に写真を撮る。また2つのクメール遺跡の隣にはクメール以前のドヴァーラヴァティー王国時代の7世紀から8世紀にかけて造られたカオ・キアン・ナイ遺跡(ピラミッド状のレンガ造りの大きな遺構)があった。クメール遺跡はわずかに形をとどめていて、いかにも遺跡の風格がある。太陽の位置によっては、いい写真が撮れるのではないか。

尚、これもあとで知ったが、公園内は遊覧バスによる見学だけが許されているとのこと、知らないからスクータでグルグル回っちゃったよー。(続く)


写真は遊覧バス、バーンプラサートの人骨、シーテープの人骨、ソンピーノン遺跡、シーテープ遺跡、カオ・キアン・ナイの遺構