チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

クンユアム再訪(5)

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クンユアム再訪(5)

■記念館にて
平日の10時前であったが広い敷地の中に自分以外の来訪者は見当たらなかった。記念館の前にはへんぽんと日章旗とタイの三色旗が翻っていた。2つの国旗を見るだけで、カンチャナブリにある戦争博物館とは違うことが感じられる。館外にある慰霊碑、鎮魂のモニュメント、それに朽ち果てた旧日本軍のトラックの残骸をざっと眺めて、館内に入った。展示パネルはタイ、日、英の3カ国表示となっていた。以前と同じく、小銃、機関銃、銃剣、鉄兜、水筒、飯盒などが展示されている。外套も展示されていたが、恐らく酷寒の中国戦線から回されてきた部隊のものと思われる。工具や兵器の収納箱は、こういった丈夫な箱のない村では長らく重宝されたことだろう。

先帝陛下の「開戦の詔勅」が展示されていた。詔勅の一部を現代語で。

「各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要としているところである。今や、不幸にして、米英両国と争いを開始するにいたった。まことにやむをえない事態となった。このような事態は、私の本意ではない。」と延べられたあと、
「米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。
あまつさえ、くみする国々を誘い、帝国の周辺において、軍備を増強し、わが国に挑戦し、更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与へ、ついには意図的に経済断交をして、帝国の生存に重大なる脅威を加えている。
私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようとさせようとし、長い間、忍耐してきたが、米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、その間にもますます、経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。
このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。」

ダグラス・マッカーサーは1951年5月、アメリカ上院の軍事外交合同委員会で、「天然資源を持たない日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった」と大東亜戦争詔勅の「自存と自衛の為」の戦いであったことを認めている。

■誠実さ
もっとも「マッカーサーが『日本の戦争は防衛戦争だった』と議会で証言……疑いもなくこれは、田中正明渡部昇一小堀桂一郎といった歴史修正主義者がいいふらす嘘の中でもっとも愚劣なものだろう。」というリベラルの指摘もある。しかし、歴史を見れば、話し合いなど全く意味がなく、戦いたくなくても戦わなくてはならない時がある。太平洋上のトーナメントで勝ち上がってきた2つの国がフィリピンと台湾の海峡を挟んで対峙した。試合を放棄して戦わずして負けを認めるか。やりたくなかったし、今もやりたくはないが、やる以上は持てる力を振り絞って戦おう。詔勅の最期は「東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである」と結ばれている。

遺留品や写真をひとつずつ見て回った。こんな北タイにまで派遣され、命令一下、誠実に我が先人は職務を果たしたのだなあと、感動を新たにする。兵士と村人が一緒の写真も少なくない。村娘と兵士が一緒の写真にお互いの信頼関係が見て取れる。
誠実にやるべきことはやり、人として守るべきは守り、周りに迷惑はかけない、これは今、バンコクで働く商社の駐在員も70年以上前にタイに駐在を命じられた兵隊さんも変わることはないのではなかろうか。

■若い見学者の感想から
(引用開始)
地域の人に聞くと確かにこの地域では野蛮な日本兵はあまりいなかったらしいというのも、野蛮な日本兵はカンチャナブリにいたため、ここでは風紀が乱れないように統制されていたらしいです。日本とタイの友好というが、タイ人はほとんどいないよ少数民族だよとタイ人が言っていました。戦争を美化するきらいがありその点が引っ掛かります。(引用終り)

武器も食物もない敗残兵となっても人としての誇りと矜持を失わなかった、だから村人は兵隊さんをいやだとは思わなかった。カンチャナブリに野蛮な日本兵がいた?、カンチャナブリの(白人の作った)博物館にはそう書いてあるだろう。書いてあることは何でも信用するのか。もう少し日本人を信頼してもいいのではないか。