新憲法は公布されたけれど
■軍政続行の憲法
4月6日はラーマ1世がチャクリー王朝を立朝した記念日で祝日だ。この4月6日にタイの新憲法が公布、施行された。1932年の立憲革命以降、20回目の憲法改正だ。2014年5月のクーデタで軍事政権の施行した暫定憲法があったが、暫定憲法は新憲法に取って代わる。
プラユット首相は早期の新憲法公布、総選挙による民政移管を約束してきた。本来、今年の秋に行われるはずであった総選挙は、遅くとも来年の秋には行われる見通しとなった。だが、総選挙でタイの軍事独裁は終わりをつげタイが民主化の道を踏み出す、といえないところがタイの政治だ。
下院定数の500人は総選挙で選ばれるが、総選挙後も5年間は上院定数の250名を軍部が選任する。上院は首相の任免権を持つから総選挙の結果に関わらず、軍部出身者が首相に選任されることになり、軍政はしばらく続く。
また、憲法に規定のない政治状況などが生じた場合に、「国王を元首とする民主主義制度の慣習」に基づいて判断するとの規定が盛り込まれ、ワチラロンコン新国王が国政に関与する余地を残した。
軍政と対立するタクシン元首相派のプアタイ党、反タクシン派の民主党のタイの2大政党はいずれも「非民主的」として新憲法に反対を表明したが、この憲法は昨年8月の国民投票(投票率59.4%)で賛成61.4%、反対38.7%で可決されている。
■多数決はムリ
軍事独裁より2大政党による民主政治のほうが望ましいのでは、と日本人なら考える。それを実行しようとしたのが、1997年憲法であった。しかし、そのもっとも民主的な憲法の下で民衆の支持を背景にタクシン元首相が台頭。軍や官僚といった伝統的な既得権益層の脅威になり、2006年に軍がクーデタでタクシン氏を失脚させ、2007年制定の憲法では上院のほぼ半数を非公選にするなどした。それでもタクシン元首相派を抑えられず、2014年のクーデタと今回の新憲法につながった。
タイではあいつの1票と俺の1票が同じということに納得できない層がいる。多数決が成り立たない国だ。多数決が機能しないなら民主政治は機能しない。日本なら「同じ日本人じゃないか」という共通理解が存在するが、タイでは「同じタイ人じゃないか」という考えを持つ人はあまりいないと思う。
都市部の中産階級はイサーンや北タイの農民を同じ人間とは思っていない。タイは欧米と同じく奴隷制度があった国だ。白人の心の奥底に人種差別の意識があるように、中産階級のタイ人の心の中にも強い差別意識がある。日本には歴史的に奴隷制度はなかったという。スメラミコトの前では民草はすべて同等、という考え方のほうが世界標準から見て異常ということだろう。
■息苦しい軍政
プラユット首相は暫定憲法44条で、国家の安定を阻害する可能性のある人物を逮捕・拘束することができる、政治運動を目的とした5人以上の集会の禁止など、超法規的な「いかなる命令も出せる」権限を与えられており、新憲法下でもその権限を有している。最近ではチェンライなど6県の県知事の首を飛ばした。
クーデタ以降、政府に反対する勢力が次々に逮捕、拘禁されている。政府批判のフェイスブックに「いいね」を押したため逮捕された例もある。
また、インラック元首相の汚職裁判で傍聴中、脅すような目つきで検察官をにらんだとして、タクシン支持派の傍聴人が法廷侮辱罪で起訴され、罰金刑を科せられている。政治向きの記事が新聞から消えて久しいし、タクシン派のテレビ局は取り潰された。軍事独裁、何でもありだ。
■それでも9割近くの支持
タイ国立開発行政研究院(NIDA)が昨年8月に実施した世論調査(回答者数1250人)では、首相の仕事ぶりについて、42.4%が「非常によくやっている」、45.2%が「よくやっている」と肯定的に評価した。「あまりよくやっていない」は6.3%、「全くよくやっていない」は3.5%だった。その半年前の2月の調査では「非常によくやっている」29.7%、「よくやっている」49.9%で、支持率は上昇傾向にある。
バンコク大学が18歳以上のタイ人を対象に2017年1月に実施した世論調査(回答者1216人)では、「今日、首相を選ぶ権利があったら、プラユット首相に投票するか」という質問に、61.8%が「投票する」と回答した。「投票しない」は17.9%、「棄権する」は20.3%だった。
政党支持率はタクシン元首相派のプアタイ党が15.7%で2位、反タクシン派の民主党が17.5%で1位だった。「わからない。決めていない」は60%。
政党政治よりプラユット氏の軍政が国民に支持されていると言える。これがタイの現状である。
写真はプラユット首相、タクシン・インラック兄妹、あとは蘭の花