チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

介護ロングステイ8年2ヶ月

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介護ロングステイ8年2ヶ月

■意思の疎通
毎朝、弟夫婦が200mほど歩いて我が家にやってくる。二人は交代でベッドに上がって母に話しかけてくれる。せっかく見舞ってくれているのだから、もう少し愛想良くても、と思うのだが母の反応はほとんどない。ちゃんと私の目を見てくれることもある、と弟の嫁さんは言うが、多少申し訳なく感じる。
母がしっかりした受け答えをしなくなってどのくらいになるのだろう。言葉はもちろん、体の動きも次第に失われてきた。5年前は介助があれば歩くことができたが今は自力で立つことも寝返りもうてない。

寝たきりになってからも、こちらの話に相槌を打ったり、時には自分の意思を伝えることがあった。あの時もっと話をしておけばよかったと思うが、今はアー、とかウーとかいうだけ。何かを伝えようとしているのだろうが自分にはよくわからない。ずっと一緒に暮らしていたせいか、兄が話しかけると反応が違う。兄の名前を呼ぶこともあるという。次男以下はもう忘れたのか、などと僻む気は全くない。まだ兄を認識してくれているだけでも嬉しい。

■体力的には健康
チェンライの3月は最低気温が15度前後、日中は35度-36度に上がる。1日の気温差が20度もあるので、この時期に風邪をひく人が多い。山焼きが始まっているので、山は煙で霞み、空気もいがらっぽくなる。2年前の3月に母は風邪をひき熱を出した。大事を取って一晩だけだがシルブリン病院に入院した。それ以来、丸2年、医者にもかからず、薬も全く飲んでいない。
「ママさん、ケンレーン(健康)」、はブアさん、ニイさんの口癖だ。毎食、バナナ3本と卵野菜入りお粥を茶碗一杯食べる。食欲は全く変わらない。

先日ニイさんが珍しく休暇を取った。ラオスに住むお母さんの具合が悪く、その見舞いのためだ。ラオスと言ってもチェンライから直線距離で100キロほどだから1日だけ休んだだけ。ニイさんのお母さんはご飯がほとんど食べられなくなってすっかり体が小さくなっていたという。年を取って食事がとれなくなると、先は長くない。
ところで、お母さん、年いくつ?とニイさんに聞いたら、76か77だ、と言う。お母さん本人も自分の正確な年を知らないとのこと。ニイさんはまだ30代半ばだから、もしかしたらお母さんは自分とあまり変わらない年齢かもしれない。周りを見ても母よりも若いタイ人が亡くなっていく。まあタイ人の平均寿命は男71歳、女79歳だから、母の年まで生きている人は多くない。ブアさんが初対面の人にもママさん、91でケンレーンなのよ、と自慢する気もわかる気がする。

■介護百人一首
NHK介護百人一首」という番組がある。介護に関わった人から広く短歌を募集して、その中から珠玉の百首を紹介するというもの。ここ何年か続いている。母だって突然寝たきりになったわけではなく、次第に認知症が進んできた。作品を拝読すると、ああ、母にもこんな時があったと懐かしく思う時がある。介護の哀歓は自分たちだけのものではない。

「笑えない母をなんとか今日こそはどじょうすくいを毎晩おどる」
弟夫婦が初めてチェンライに来た時、弟が母の前で全く素養はないのに空手の真似をした。母はそれを見て声を上げて笑った。ブアさんたちも我々もとてもうれしかったことを覚えている。自分もその後、何度か「突き」を披露したが、母はもう笑ってくれなかった。

「認定で昨夜の食事尋ねられ『刺身だった』と見栄を張る義母(はは)」
東京にいた時、要介護度認定調査のため、ケアマネージャーさんが我が家に来た。母の認知症は進んでいて、家事は兄がやっていたが、「料理、洗濯などはどうされていますか」の質問に母は「全部私がやっております。主婦ですから」と答え、思わず兄と顔を見合わせたことがある。
認定調査のマニュアルには、お年寄りは、自分をよりよく見せようとして普段できないことでも「できる」と言ってしまう傾向があります、と書いてあるから、これから調査を受けられるご家族はあまり心配しないで頂きたい。

「別れぎわあとにぴったり付いてくる母も一緒に帰ると思い」
「会うたびに帰り支度をする母に辛き嘘言う何百回か」
こういった思いをしないですむだけでも、チェンライに来てよかったと思う。

「介護短歌の冊子を開き探すのは今日の自分と重なる歌なり」
身につまされる短歌は少なくない。中でも

「この介護終わりし時の悲しみを日々覚悟して老老介護
には心を動かされた。

昨日と同じ日が今日も、今日と同じ日が明日も、と思いこんで何年にもなる。
しっかりとした覚悟はできているのか。