チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

言い訳

なぜ仕事をしないのか、の言い訳

ウズベキスタンに来て、街路樹の虫を探したり、オペラを聴きに行ったりでお前の仕事はどうなっているのか、という疑問をお持ちの方もおられると思う。私とて、決してビールを飲むのが主目的でもなく、昆虫採集のためにウズベキスタンに来たわけでもない。タシケント・バンク・カレッジで「起業論」を学生に教え、実務人材を育成するようにという課題をJICAから与えられている。すぐにも仕事に、といいたいところだが、授業開始は9月の新学期からとなっている。一緒に来たSV、隊員はすでに配属先で仕事を始めている。その中でどうして自分だけ業務開始が遅いのか。深いわけを聞いて頂きたい。

「起業論」は日本では「ベンチャー論」とも言われる。ベンチャーを起こすには、お金がいる。通常ベンチャーを立ち上げる人はアイデア、技術を持っていてもお金がない。銀行に行っても担保がないのでお金を貸してくれない。そこで登場するのがベンチャーキャピタル(VC)という法人である。日本にも200以上のVCがある。VCはベンチャー企業の株と交換に担保を取らずにお金を出してくれる。融資ではなく投資だから担保は要らない。もし、事業が失敗したら「ごめんなさい」ですむ。その代わり、事業が成功し、ベンチャーが株式上場した暁には出資額の何十倍、何百倍の金額がVCに戻ってくる。
80年代に翻訳されたベンチャー関連書籍にはVCを「投機的投資家」と訳してあったが、厳しい審査を経てベンチャー企業に投資しても打率は3割、つまり7割の投資先は「ごめんなさい」になってしまう。ハイリスク・ハイリターンの仕事である。VCはこれをできるだけローリスク・ハイリターンになるよう日夜、ベンチャー企業の選別、育成に努力しているわけである。

ところがこの国にはVCはない。その前に銀行がまったく国民から信頼されておらず、手形、小切手さえない。ウ国の銀行の預金金利は28%から36%である。(銀行により金利が違う) 預金金利よりも貸出金利が高いのは当たり前である。日本の消費者金融の貸出金利上限は20%、出資法上限で29.2%である。日本で消費者金融からお金を借りて事業を起こすような無謀な人はいないだろう。ウズベキスタンでも30%以上の金利を払っても儲かるような仕事はちょっとないのではないか。簡単に言うとウ国では金融システムが先進諸国のように機能していないということだ。

次に国の経済が発展するには、新しい仕事を始める人がたくさんいなければならない。ベンチャー輩出は経済活性化の切り札であり、わが国でも種々の施策が講じられている。

しかし、ウズベキスタンには金融制度の未発達にも増して、新しいことに挑戦しようとする土壌が全く無いとはいえないまでも、あっても非常に貧弱である。

起業論についてはVC発祥の地、アメリカでも、またVCの歴史まだ半世紀に満たない日本でも数多くの本が発行され、大学の講座も何十とある。そういった書籍、教科書を元に起業論を概説することは容易だ。しかしこれは「お酢を入れたご飯を握って、本マグロのトロを載せて食べると美味しいんだよ。」という話をするのと同じだ。寿司を知らないウ国の学生にとっては何の役にも立たないし、面白くないことだろう。同じ愚は冒したくない。

ソ連崩壊後、ロシアは資本主義を志向したが、そもそもロシアには、共産主義時代はもとより、革命以前にも土地の排他的所有の伝統がなかった。そこへいきなり、米国型の私的所有を柱とした社会制度を導入しようとしても無理があり、経済が一時大混乱したのはご承知の通り。
ウズベキスタンで所領にありつけずインドでムガール帝国を築いたバブール(チムール大帝の曾孫)の日記「バブール・ナーメ」を読むと、領地と農民を一からげにして不動産のように考えていたことがわかる。ここでは農民はロシアの農奴と同じく、殆どの権利を奪われ、搾取される存在でしかない。(この項、河東哲夫前ウズベク大使のレポートより引用)いくらがんばってもその成果は領主のものになるだけだから、農奴にとって土地改良や品種改良をするインセンティブは働かない。現在でもウ国の農業制度はこれに似ている。

山本七平氏は、その著書「日本人の土地神話」の中で、源頼朝が武士の土地所有を安堵することによって(つまり私的所有権を尊重することによって)、急速に力を拡大したこと、その後の日本の歴史は土地所有権が多数の農民に分散される過程であったことを興味深く述べている。
私的所有権が明確で、がんばったらその成果は自分のものになる、という体制でなければ人はリスクを冒してまでも新しいことに挑戦しない。ウ国では残念ながら、私的所有権が不明確で、高校、大学入試から始まって経済活動参加の機会に至るまで決して公平ではなく、がんばったことが成果に結びつく度合いが低い。これではそれでなくても成功率の低いベンチャー起業にチャレンジする人は少ないだろう。

ロシアの資本主義化に失敗して、それぞれの地域には歴史的に育まれた独自の伝統なり文化、風土があって、それらが形となった「その地域、固有の制度」を活用しなければ効率的な経済運営はできないということに学者たちも気づいた。こうした考え方を「制度学派」というそうだ。自分もウ国の「制度」をしばらく勉強した上で、学生さんに興味を持ってもらえるような授業を9月からしたいと思っている。

今回はつまらない言い訳話で申し訳ありませんでした。

p.s. 「がんばっても報われない社会」については5月25日ブログに詳細を説明します。