■変わらぬ生活
タイに来てから6年7カ月経った。2008年の11月、母は日本の病院施設に入っていたが、そこの医者から3カ月でお亡くなりになります、という御託宣を貰った。はあ、そうですか、とそのまま施設に預けていたら2009年の正月に83歳であの世行きになっていたはずだ。チェンライの気候が良かったのか、女中さんの献身的介護のお陰か、来月の誕生日を迎えると90歳になる。品川区では90歳になると長寿お祝い金として5万円下さるそうであるが、国民健康保険の給付が受けられないこともあって、この5月に住民票を抜いてしまった。だからお祝い金は受け取れない。でもお祝い金はともかくとして、まだ母が平穏に暮らしているということは息子としては嬉しい。
認知症を東北地方では「童子（わらし）がえり」というらしい。赤子がえりとも言うようであるが、母はもうはっきりした会話はできなくなっている。もう生後3カ月くらいの赤ん坊に戻っているのではないか。いつものバナナを食べる時は顔をしかめているが、女中さんがマンゴスチンの小さい塊を口に入れると、嬉しそうに2度、3度と歯茎で噛んで食べている。いい表情になるといって、わざわざ女中さんが自分を呼びに来るくらいだ。
食事はバナナと女中さん調理の特製お粥、お粥にはふりかけとか、キューピーの噛まないでも食べられるやわらかおかずシリーズが加わる。匙で食物を口の中に入れられるので、仕方なく呑み込んでいるのではないか、と思うこともあるが、基本的には食欲は旺盛。女中さんは食べ方や肥り具合を見て食事の量をコントロールしているようだ。確かに代謝量の少ない寝たきり老人であるから、食べ過ぎると体重が増える。
先月はニイさんがお父さんの葬式で長期に休んだ。先月末から復帰したのであるが、私のいない間にママさんが少し痩せた、と言っていた。忙しいブアさんに任せたから余り食べさせてもらえなかったのか、と非難がましい口ぶりだったが、年をとればだんだん痩せていくものであるし、体調に変化がなければ、それで充分だ。
■整体療法
ここ2年ほど薬は全く服用していない。認知症に効く薬はないし、飲めば飲んだで、その副作用を抑える薬や胃腸薬など、ついでに栄養剤やカルシウム剤、数種類の薬が処方される。処方されればやはり飲ませなければ、と思って飲ませてしまう。毎食後、間違いなく飲ませる女中さんも大変だし、結構大きなカプセルや錠剤があるから飲まされる方も楽ではない。時には薬の服用時にゲホゲホ咽ていた。食事のたびに嫌な思いをさせていた頃を思うと、今の穏やかな日々を好ましく思う。
週に6日、シルブリン病院に勤めるジェニさんに出張整体をお願いしている。当初は整体療法で歩けるようになるかも、という期待があったがもう諦めた。ジェニさんももう良くなることはありません、という。でも体を動かす機会がないから、手足の曲げ伸ばしだけでも体調維持にいいのでは、と思って継続している。
ジェニさんのお父さんは警察官だったが2カ月ほど前に病気で亡くなった。警察官の場合、遺族に保険金だか退職慰労金が300万Bほど支払われるそうだ。一時金ではなく、分割で30万、40万と遺族の手元に来る。毎日、我が家に整体をやりに来るのはしんどいので、お金が入ってきたら整体をやめたい、とジェニさんが言っているそうだ。
もし、ジェニさんが来なくなったら、私たちが半額以下の値段でやります、と言って、女中さん二人が整体のデモンストレーションをしてくれた。足の曲げ伸ばし、腕の上げ下げ、ジェニさんの施療とそっくりだ。考えてみればニイさんはジェニさんの助手を務めて3年になる。やり方を覚えてしまったのは当たり前か。整体施療の間、母は大声を出して、そう楽しくなさそうだ。ジェニさんが来なくなっても整体を続けるべきか、それともやめるか、まだ考えあぐねている。
■ニイさんの借金返済
ニイさんが先月、ラオスから戻ってくれてほっとした。というのはニイさんの里帰りの時に、少なからぬお金を貸していたからだ。給料の前払いは原則、実際に働いた日数に応じて、と決めている。半月働けば、月給の半分の前払い可、というわけ。でもお父さんの葬式となれば、原則ばかりを言っていられない。
戻ってきても月々の出費はあるから、今月分の給料は天引きでゼロ、というわけにはいかない。自己申告で無理のない範囲での返済、ということになる。ブアさんからも借金していったから、そちらへの返済もある。やはりニイさんに整体を頼むことにしようか。
同じ日に撮った田んぼの写真、生育状況は様々。
