チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

介護ロングステイ5年10ヶ月

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介護ロングステイ5年10ヶ月

■バナナが喉に
兄が一時帰国している間に、母が亡くなったら困るなあと思っていた。でもここ1年、医者にもかからず、薬も飲んでいない。食欲はある。今日と同じ日が明日も続くと漠然と考えているが、何せ89歳で体も弱ってきている。いつどうなるかわからない。父方の叔父は10年ほど前、87歳で亡くなったが、ある日、「俺、飯が食えなくなったよ、もう終わりだと思う」という電話が来て、1週間後に亡くなった。母も突然、食欲を失って亡くなるのだろうか。

ある日、階下からニイさんの切羽詰まった声が聞こえた。トイレの介助に呼ばれることがあるが、声が1オクターブほど高い。何ごとか、と一階に降りてみると、母をニイさんとブアさんが囲んで胸をトントン叩いたり、両耳を左右に引っ張ったりしている。食事中、喉に何か詰まったらしい。顔色は普通である。顔が真っ赤になったり、唇が紫色になっていると危ない。そのうちヒューと笛を吹くように息継ぎを始めた。ブアさんが大丈夫、という。息ができるようになると2,3度咳をした。特に苦しそうでもなく、女中さんたちもほっとしたようだ。ニイさんが小さじ大盛のバナナを口に入れた時、それを飲みこめなかったか、飲み込む前に、また口に匙を入れたらしい。息ができず、苦しがっているところにブアさんが駆け付け、胸をたたいたり、口を開いたりした。そこへ遅れて自分が到着した。なんですぐ降りて来ないのかとニイさんに詰られたが、人工呼吸や心臓マッサージをする必要がなかったのは何より。

誤嚥
高齢者は喉周辺の筋肉や嚥下中枢(延髄)の機能が衰えているため、食べ物を食道ではなく気管内に間違って飲みこんでしまうことがある。息ができないので窒息してしまう。正月になると餅をのどに詰まらせて死亡する高齢者の記事が必ず新聞に載る。確かに餅はパンと並んで「誤嚥-窒息」の大きな要因となっている。現在は一年中、餅が手に入るから正月以外でも餅による窒息死は多い。

不慮の事故での死者統計をみると、窒息事故は家庭内(室内)での不慮の事故の第一位で、転倒や溺死よりも多いという。また窒息しなくても異物が気管支の中へ入り込んで、後に誤嚥性肺炎を招くこともある。母は誤嚥性肺炎でチェンライの病院に2週間ほど入院したことがある。
食事の後、何度か母のベッドに行き、熱はないか、咳き込んではいないかとチェックしたが、特に変わった様子はなく、肺炎の心配はないようであった。

この日の夜、ブアさんが部屋に入ってきた。もしあのままママさんが亡くなっていたら、自分と兄が怒ったのではないか、と言う。ニイさんも同じような心配をしたらしい。

母はもう89歳である。本来であれば日本の医者が言うように83歳で亡くなっていておかしくない。それがチェンライに来たお陰で、6年も息災に暮らしている。モトが取れたとは言わないが、充分に頑張って長生きしてくれたと思う。年のせいで食物を飲み込む力が弱まってくるのは仕方がない。今日の出来事は事故であり、もし母が事故で亡くなってもニイさんやブアさんを責めることはしない。それよりもずっと親身になって介護してくれたことに感謝するだろう、兄は今、日本にいるが同じ考えだと思う、拙いタイ語であらまし、そのようなことを話した。
ブアさんは黙って頷いて、部屋を出ていった。

■訴訟も
日本の病院、施設では誤嚥による老人の窒息死は少なくない。ほんの1,2分、目を離したすきに食物を喉に詰まらせ、窒息する。これは事故で仕方ないのでは、と自分では思うが、看護師、介護士が遺族に訴えられるケースもあるようだ。

ある病院で、前日まで一人で食事していた80歳の老人が、たまたまオニギリを喉に詰まらせて死んだ、というケースがあった。裁判所は,看護師が老人の食事中に食物の誤嚥がないかを見守るべき注意義務を怠った点に過失があり,同過失と老人の死亡との間に因果関係があると判断した。それまで、オニギリを食べてむせたことはなく、オニギリを与えたことには過失はない、としながら、一口ごとに咀嚼して飲み込んだか否かを確認して、誤嚥がないよう注意深く見守るとともに、誤嚥した場合には即座に対応すべき注意義務があった、と裁判所はいう。誤嚥は老化現象で仕方のないこと、それが寿命だったのではないかと自分は思うがそう思わない裁判官や遺族もいるようだ。

その後、ニイさんは母の口に入れるバナナやお粥の量を、匙山盛りから半分くらいに減らした。お陰で母がむせる回数が相当減った。天寿を全うするにはまだ時間がありそうだ。





写真は団地にきたホエドイ寺の坊さん、このあと3人とも握手をしてくれました。