チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

.チェンライ観光ツアー

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チェンライ観光ツアー

■実施4日前のお知らせ
タイの観光スポーツ省チェンライ事務所から2泊3日の招待旅行の案内があった。チェンライの観光ポイント巡りのようだ。
4年前にタイ観光庁主催の招待イベントがあって、リゾート・スパでのマッサージを受けたことがある。あれはこの世の天国。自分が時折行く2時間で250バーツのマッサージとは比べ物にならなかった。
アゴ足付きである。1番に申し込んだ。

6月2日に案内があって4日が締め切り、6日から8日実施の日程だ。訪問予定を見ると、行ったことのある場所がほとんどであるが、どういった切り口で観光ポイントの紹介をするのか興味があった。だが予定表を見ると、初日、午前中にドイワーウィー、ドイチャンに行き、ランナー温泉入浴、タイマッサージ体験とある。ドイワーウィー往復だけで2時間以上かかる。これはおそらくタイ特有の現場合わせが行われるな、と思ったがどう辻褄を合わせるのか、それも楽しみのうちである。

■1日目の観光
受付は7時半から8時となっていたが、7時45分にホテルロビーに行ってみたら日本人しかいない。受付が始まったのは8時になってからだった。邦人参加者は13名、それにファランが数名、あとはタイの小学生20名ほど、全部で数十名、7台のバンに分乗して予定より45分遅れでホテルを出発した。ツーリスト・ポリスのパトカー先導で、赤信号をサイレンで無視しながら走る。これならば早い。

ドイチャンはタイコーヒーのブランドとなっている。ここのコーヒーハウスで休憩。20分ということであったが、リス族やらアカ族の少女の踊りを見ているうちに1時間は経ってしまった。ドイワ―ウィー行きはキャンセルとなって、メーサイ・ダムを見学、このダム湖に浮かぶロッジは、一泊3500Bとのことだった。

次にランナー温泉へ、日本の温泉を模した数室の個室風呂と宿泊設備がある。5月の地震で一時、お湯がでなくなったそうだがすでに復帰していた。入浴料は一人150B。入浴できるかとタオルを持参していたが、20分の見学だけ。

とっくにお昼を過ぎていたが、次にメ―ラオ病院で、院内の土壁ロッジに泊まる「自然療法」の講義を受ける。タイ語なのでよくわからない。この病院はマッサージでも有名で、マッサージ室の見学をした。これが予定表の「リゾートホテルでスパ、マッサージ体験」の代わりだった。

2時間遅れの昼食はロン・プライナ村で摂った。ナマズの丸焼きや外人に媚びない激辛の野菜炒めとカオニャオ。昼食後は時間の関係で、見学場所を一部省略し、ワットロンクン見学。白いお寺としてチェンライの観光名所となっているが先の地震で、寺の尖塔が折れ曲がってしまった。修理をしている様子はない。これからは折れ曲がった尖塔のお寺で売り出すのか。

夕食は食事と共にランナーダンスのショーが楽しめるサバンナ・レストラン。サンコンノイ通りにあり、一度行ったことがある。ショーの最後に踊り子さんが全員フロアに降りてきて観客と一緒に踊る。しり込みする邦人が多い中でファランは積極的に踊りの中に加わっていた。

■2日目の観光
チェンライには市営の無料観光バスが走っている。1号線沿いにメンライ王像がある。その裏にタイ一品一村運動のオフィスがあり、そこから9時半と13時半の1日2回、トラムで市内のお寺中心に回ってくれる。この巡回トラムの計画が起こった時、生活の糧を奪われるとチェンライのサムロー(自転車リキシャ)の反対デモがあったが、市長の目玉政策ということで押し切られた。
そういえばその後、タクシーも普及したし、チェンライ名物サムローの数が減ったように思う。

午前中に5つほどお寺を回った。この日は日本語の通訳がついた。おかげでランナー様式、ミャンマー様式の建築形式の違いやランナー王国建国の祖であるメンライ王の王宮がいまだにわからない理由などを知った。
午後はホテルで「チェンライOK」というシンポジウム。大学の環境学の先生や県の災害対策担当者が出席、地震風評被害防止に一生懸命ということはわかったが、ほとんどがタイ語なので中座してしまった。

■3日目
3日目の講演、集団討議などの予定はすべてキャンセル。代わりに主催者から夕方の歩行者天国で何かイベントをやってくれとの依頼があった。全く寝耳に水、それでも日本人会有志が、ライスカレー無料配布や居合道の実演を行ったという。

いかにもタイのイベントらしく何だかなーという2泊3日であった。しかしいろいろな人と知り合えたし、知識も増えた。
何よりの収穫は在タイ5年、すべてを許す寛容さが備わってきたことを実感できたことである。




写真はそろいのシャツでどこでも集合写真、アカ族の少女2枚、リス族の子、メーラオ病院の受付嬢、初日の豪華な昼食、メンライ王像、巡回トラム