チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

スクータでラオス旅行(1)

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スクータでラオス旅行(1)

フォルツァ300
チェンライには基本的に公共交通機関はないから、足として車かバイクが必要になる。家には5年前、チェンライに到着した日の翌日に手に入れたホンダシティ(1500侫札瀬鵝法△曚榮瓜?貿磴辰115佞離丱ぅ、3年前に手に入れた25年落ちのカリビアン、それから昨年12月家に来た大型スクータ、ホンダのフォルツァ300の計4台の車、バイクがある。

シティは5年で走行距離11万3千キロ。カリビアンは購入以来、2年8カ月で4万7千キロを走破した。日本車の信頼性には感心というより殆ど感動する。これまで故障らしい故障はない。シティは、あと20万キロは元気に活躍するはずだ。カリビは99,999キロをこえると距離メータが0に戻るので、何十万キロ走ったかわからないが少なくとも25年で3回転、38万キロは走っているだろう。
タイやラオスでは日本から輸入された中古車が走っている。「山田造園」とか車体に書いてあるからすぐわかる。日本では「もったいない精神」が大切と言いながら、充分使える車を廃車にしている。どうしてだろう。日本でもタイと同じように自家用車を20万キロ以上走らせるようになると、車の需要が激減し、自動車産業はもちろん日本経済が潰れるからかもしれない。でも本当の理由はよくわからない。

車に比べて、バイクの走行距離は少ない。115佞離曠鵐世魯リビを買ってからほとんど乗らなくなった。無免許のブアさんが近くの市場に行く時に乗る程度。走行距離は5年トータルで2万8千キロである。昨年12月に手に入れたフォルツァは4カ月で2千キロも走っていない。毎日の行事に追われ、遠出をする機会が乏しかった、乾季は寒く、防寒具を購入してまで乗る気になれなかった、などの理由はあるが、せっかく買ったのに残念だ。これではフォルツァも泣いてしまう。

フォルツァが身近になる
ソンクランに入る前、フォルツァで隣県のパヤオまで遠出をした。約200キロの日帰り走行、スクータは安定しており115佞離曠鵐世箸枠罎拱にならないほど運転が楽である。スピードも最高時速120キロまで出してみた。加速もスムーズだ。もっと出せたと思うが、いくらタイの道路でも120キロ出すと前の車にすぐ追い付いてしまう。
いろいろな走り方を試してみてなんとなく、フォルツァとの相性が良くなってきたような気がしてきた。新婚4ヶ月目の夫婦の関係というべきか。

ソンクランを挟んで2週間ほどタイ語の授業が休みになった。ソンクラン期間中はスクータで出かけると水を掛けられてびしょ濡れになる。普通の水ならまあいいが氷入りの冷水は危ない。年寄りの、ではなく、年寄りに冷や水は高速走行のスクータの場合、命取りになる。ソンクランが過ぎたらフォルツァで遠出をしてみよう。

ラオス行きの準備
トゥンに住むNさんの情報ではナーン県のフイコン国境からラオスのムアングンにバイクで入国できるという。これだ。ラオスに行こう。

まずは必要書類。車検証、パスポート、免許証。この3種類の名義人は同一でないといけない。つまり他人のバイクでは国境を越えられないということだ。
●パスポート=原本提示+ID、タイのビザ、出国カードのコピー2部ずつ
●バイクの登録証=原本提示+所有者、税金支払いページのコピー2部ずつ
●タイの運転免許証=原本提示+コピー1部

タイではバイクと車の免許証は別々である。自分も2枚持っているが、見た目はほとんど同じ、間違うといけないので2枚並べてコピーを作った。

次は地図である。本屋に行ったがそこでは大阪や神戸のガイドブックはあったが、ラオスの地図が無い。そこでチェンライ空港内の書店へ行って、ラオスの地図を購入した。一種類しかなかったので仕方が無かったのであるが、この地図が後で災いの元となる。

3つ目の問題はブログ原稿である。1週間、家を留守にするということは最低2本は原稿を書き溜めないといけない。これまで遠出をしなかったのは、原稿が書けないという自分の怠惰な性格によるところが多い。友人の言うように「旅に出ますので暫くブログはお休みします、で誰も不都合は感じない」のであるが、一度これをやると「暫く」が「永久」になる恐れがある。それでも不都合はないのであるが。

というわけで、コピペで作ったような手抜き原稿を2本書いて、日本にいる友人にアップ代行を依頼したのが、出発日前日。

タイとラオスの地図を広げる。朝早く家を出れば、昼過ぎには国境を越え、夕方にはラオス世界遺産、ルアンプラバンには着けるのではないか。見通しが甘いかったことは後で知ることとなる。 (続く)



写真は上からシティ、カリビアン、115侫丱ぅ、フォルツァ300です。ついでにラオスの地図など。