■ パスポート切れ
5月ごろだったと思う。ラオス人の女中、ニイさんが英語で書いてあってよくわからない、と自分のパスポートを持ってきた。どれどれと見てみると3月にパスポートの有効期限が切れているではないか。これは不法滞在になる。我が家の向かいは現役の警察官が住んでいる。毎日のように制服で我が家の前を行き来している。
もし、「ちょっとパスポート拝見」なんてことになったら、不法滞在がばれて、入管事務所に送られ、最悪強制送還になるかもしれない。また、不法滞在を認識して雇っていた自分たちにも累が及ぶ。新しい女中さんだっておいそれとは見つからないだろう。
面倒なことになるかな、という心配をよそに、ニイさんはいつもと変わらずに出勤してくる。パスポート、どうなっているの？、と聞くと、新しいパスポートが必要だけれど、ラオスはアセアン加盟国だから、暫くは期限切れパスポートで問題ない、という。彼女の口からアセアンという単語を聞くとは思わなかったが、本人が大丈夫というのだからいいのだろう。
■タイ人、ラオス人の上下関係
ブアさん、ニイさんのコンビで1年以上たった。これまでで一番しっくりいっているように思える。先任女中のブアさんもニイさんについて、それほど小言を言わない。
ニイさんは自転車で5分ほどの村にタイ人のフェーン（愛人）とナームちゃんという小学生の娘と暮らしている。彼女の勤務時間は朝7時半から夕方6時まで、公休日は日曜。都合で平日休んだ時は日曜出勤。また休日であっても母のトイレ介助が必要な時は、自転車で駆けつけてくれる。
タイは階級社会である。タイ人はラオス人より階級が上。ニイさんがラオス人であることは上下関係がはっきりしていて、これはこれで安定している。ブアさんは時折、ニイさんに野菜や食用油などを下げ渡している。旅行に出かけた時、女中さんに土産物を買ってくることがあるが、二人に均等に渡すのは良くないようだ。まず先任女中のブアさんに渡し、ブアさんがニイさんに渡す。このほうが波風が立たない。
■ラオスに里帰り
兄が10月末から1月ほど一時帰国した。その間にニイさんはラオスに10日ほど里帰りしてパスポートを取り直してくることになった。故郷、ボケオまで片道3日かかる。ボケオ滞在は4日間だけ。また3日かけてチェンライに戻る。
給料の前借には原則応じない方針であるが、懇願されて2千Ｂほど貸した。これとは別に餞別として幾らか渡した。ブアさんからは5千Ｂ借りていった。ブアさんの姉さんは、ラオス人だからお金を借りたまま、ラオスから帰ってこないだろうと心配していた。このあたりがタイ人の差別意識だろう。
ニイさん不在中、代わりの女中さんがなかなか見つからなかった。11月は丁度稲刈りの時期で村の知り合いは皆忙しいということもあっただろう。結局、ブアさん姉さんに何日か手伝ってもらったが、概ねブアさんと自分の二人で母の面倒をみることになった。母を一人にしておくことはできないので、どちらかが家にいなければならない。テニスに行くにも一応、女中さんの許可がいる。
予定通り、ニイさんが戻ってきたときには、ほっとした。パスポートは無事延長されていた。有効期限切れだったため、ラオス当局に彼女としては法外な裏金を支払わなければならなかったらしい。お金が必要だったのは単に里帰りの土産代がいる、ということではなかったようだ。
■レミニールをやめる
何度か書いているが認知症薬レミニールは、軽度、中度の認知症患者の30％ほどに、認知症の進行を半年ないし1年遅らせる、という効果がある。母のように晩期の認知症患者には効かない（と効能書きに書いてある）。医者の言うことだからと、1年以上飲ませていたが、兄の一時帰国を機会に、レミニールの投薬を中止してみた。すると2，3日目から興奮する度合いが減ってきた。女中さんたちが「ママさん、ディークン、ディークン（よくなった、よくなった）」と言い出した。毎日、病院から整体をしに来るジェニさんも足に力が入ってきたと言う。
やはり、レミニールは興奮剤としてしか機能していなかったようだ。ジェニさん経由で医者に聞いてもらったが、服用をやめても差し支えないとのこと。ネットでは効果がなければ半年以内に投薬をやめるという医師の話も出ている。
認知症に効く薬はない。残された日々を穏やかに暮らしてほしい。「もうすぐ、兄ちゃんか帰ってくるからね」、「はい」と素直に答える母を見ていると心からそう思う。
写真はメーコック川とニイさんとナームちゃんです
