チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

アカ族の村を訪ねて 3

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アカ族の村を訪ねて(3)

■アカ族の食事
食事時間になるとアダムが料理を並べたちゃぶ台をテラスに持って上がってくる。ちゃぶ台は目の混んだ竹ザルをひっくり返したようなもので卓がお盆も兼ねている。軽くて卓を汚してもざっと水洗いすれば済む。かなり重宝な家具である。

アダムが箸、レンゲ、茶碗を配り終えるとキリスト教のお祈りをする。お祈りが終わると焼酎が出てきてウィスキーグラスに一杯注がれる。焼酎は朝昼晩と食事のたびに出てくる。ミンツーに聞くと食事が美味しくなるので、アカ族の男はたいてい食前に飲むとのことだ。
食事はアダムのお母さんや奥さんが同席することもあるが、彼の親戚やたまたま通りかかった村人などもご相伴に与かる。少なくとも知り合いが通りかかれば、まあ一杯と焼酎くらいは振舞うようだった。

食卓には豚肉の煮物、菜の花のスープ(というより水分の多いおひたし)、野菜の唐辛子煮、生野菜数種類、そして野菜につける唐辛子ベースダレがのっている。肉料理はトリなどに変わることがあるがスープ、野菜煮つけ、生野菜は3食の定番おかずとなる。特筆すべきは生野菜であろう。裏庭からとってきたたばかりのサラダ菜、菜の花、エンドウ豆の芽(豆苗)、オオバニラの根、行者ニンニク、パクチー他いろいろな香草・・。
日本のドクダミにそっくりの根っこつきの葉っぱが出てきたが、薬草として使用すると言うところからもやはりドクダミだった。これも他の野菜と同じく、唐辛子ベースのたれをちょっとつけて食べる。ドクダミの白い根はコリアンダーに似た香りがあって結構いける。

ごはんはうるち米を蒸したアカ族特有のもので、タイ米よりもちょっと色が濃いが粘りと甘みがあって美味しい。時折、小石が入っていたりするがこれも味のうちである。奥さんやおばあさんは手のひらでご飯を丸めて、唐辛子だれを付けて食べる。食卓に子供が同席することはない。
 おかずや竹篭に入ったご飯が少なくなると別棟の炊事場から追加がやってくる。おかずやご飯を食べつくすのは、もてなし側に恥をかかせることになり、大変非礼とされている。残った料理は大人の食事が終わると子供達や女性が食べるのだろう。
「古来より同じうるちの味にして掌に丸めたる飯を食みたり」


■村の産業
農業と出稼ぎと言える。主食の米は山の斜面を拓いて陸稲を植える。表面の土が流れやすく肥料を使わないので収量はあまり高くない。他にはとうもろこし、茶、梅、プラム、ショウガ、コーヒー豆など。

アカ族の畑や田は村の近くにあるというわけではない。ミンツーの家の畑は村から2時間ほど山道を上り下りしたところにあるそうだ。「友達と一緒の時はおしゃべりしながら行くのであっという間に着いてしまうけれど、一人で行く時は疲れちゃって・・」という。「でも2時間くらいなら大したことはないわ。場所によっては5時間も歩かなくては行けない畑もあるの」。それじゃー通えないよねー、というと「そういうところへは夫婦そろってお米を持って泊りがけでいくのよ、ロマンチック、あははは。」と明るく笑った。
村ではススキの穂を道に並べて干していた。乾燥させて、付着している細かい種を振り落とし、束ねて箒の材料として麓の町で売る。1キロ20バーツになるとのこと。
村には子供と大人はいるが若い人をあまり見かけない。みな義務教育の中学校を終えると都会に働きに行ってしまう。一家の主人や主婦が現金収入を求めてバンコクまで出稼ぎに行っているケースもある。

ミンツーは高校が休みに入るとお茶摘みの仕事をするという。生葉を中国人村にある工場に持っていくと1キロ5バーツ(12円)で買ってくれる。
3年前に山を切り開き、段々畑を整備して広大な茶園を開いていている中国人農家をミンツーと訪ねた。遠くの山の川をせきとめ、高低差を利用して水を引き、茶園にスプリンクラーで散水している。また、豚を飼って糞尿を肥料として利用している。ミンツーはアカ族には資本がなくてとても真似できないと言っていた。資本家-中国人、労働者-山岳民族という色分けが出来そうだ。

■学校と子供
タイの義務教育は1921年から実施され、4-3-3-2制が1978年に6-3-3-4制に改正された。初等教育6年と中等教育の中学3年が義務教育期間とされており、高校3年、大学4年で、日本と同じシステムだ。山岳民族の義務教育費は無料とされている。
 タイでは国民国家づくりの課程で、山岳民族の同化政策、定住政策の根幹を成す学校制度の整備に力を入れてきた。だからかなりの山奥にも小、中学校はある。
しかし、高校となるとチェンライ、チェンマイなど大きな町にしかない。ただでさえ現金収入の少ない山岳民族の子どもたちにとって、寄宿生活をしなくてはならないという条件付きの進学ではかなり狭き門となってしまう。
ミンツーがチェンライの高校に寄宿生活できるのは「ハイランクの人」の援助によって可能となっているとのことだった。村で奨学金を得て町の高校で学んでいる子供は彼女を含めて3名だけとのことである。(続く)


写真はアカ村