ナーンのボートレース(2)
■三度、ナーンへ
タイ語でボートレースをケン・クルアという。ケンは競争、クルアは舟の意味だ。ジアップ先生の前で、ナーンのボート協会に電話をした。「エー、9月に大きなボートレースがあると聞いたのですが、どの日に開催されますか」。「ボートレース」と「何時」がキーワードである。通じたようであるが、タイ語が聞き取れない。先生が代わってくれて、9月の15日、16日、いずれも9時からレースがあるということが分かった。
この程度のことで先生の手を煩わせるようでは情けない。
会場はナーン市の東側を流れるナーン川、小さい街なので行けば分かるだろう。
9月は雨季の真っ最中、出発日の15日は朝から土砂降りだった。ナーンはチェンライから250キロの距離であるが、このような天候でレースが行われるのだろうか。昨年、大雨でナーン川が氾濫し、市内が水浸しになったというニュースを見た。
雨は激しいし、気温も北タイにしては長袖が必要なほど低かった。でもタイの天気は目まぐるしく変わる。空が真っ暗で、大雨が降っていても、1時間もすれば雲が切れ、太陽が照りつける。また、その逆もある。ここが土砂降りでも2キロ先は全く降っていないこともある。テニスコートに行ってみたらコートのあたりだけ大雨で、テニスができない、帰宅する道は全然濡れていないということはよくある。
ナーンまで初めの150キロは比較的平坦な道であるが、残り100キロはアップダウンの山道である。見通しがきかないから、怖くてスピードが出せない。かなり飛ばしたつもりであったがナーンまで、家を出てから3時間半かかった。雨はすっかりあがり、太陽が照りつけ、温度は30度以上に上がっていた。
■すごい人出
ナーン川の方に車を走らせていくと道の両側に車がぎっしり駐車している。車から降りた人たちがぞろぞろとナーン川にかかるパッタナ・パクヌア橋の方向に歩いて行く。その数が半端ではない。この日は駐車違反の取り締まりはないと断言できる。安心して適当なところに駐車して、人の流れに従って川へと向かう。
ナーン川ではすでにレースが始まっていた。それにしてもこの人の多さはどうだ。ナーンは山間の盆地に発達した小さな街だ。市の人口は8万という。でもこのボートレースの時だけは人で溢れかえる。
川岸は公園として整備されており、階段状の観覧席が設けられている。テントの下、あるいは日差しを避けるため傘をさした人たちで川岸は一杯だ。大型拡声器でレースの実況中継が行われていた。ゆったりしたタイ語が時折、早口で興奮した絶叫に変わるのは舟がスタートしたからとわかる。
川岸の道路は露店でぎっしり。そこも人が一杯で歩くのもままならない。
■ドラゴンボート
舟は30人漕ぎ、40人漕ぎ、50人漕ぎの3カテゴリ-があるようだ。
大型であるにもかかわらず、ナーンのドラゴンボートは実に優美な曲線をもっている。船首には龍首、船尾は龍尾、美しく彩色され、貝や花の飾りが下がっている。
よくドラゴンボートは柳の葉のような、と形容されるが、日本で使用される世界標準艇は20人乗りだから、ナーンの舟に比べるとずんぐりむっくりという感じがする。
流域の村や郡で所有する舟がこの日のために一同に会した。その数は30-40艇、トラックで運べる大きさではないので、あちこちから動力船で曳航されてきたものだろう。なかなかの壮観だ。
レースは2艇レース、2艇の舟はパッタナ・パクヌア橋の上流から橋の下をくぐって下流のゴールへと一直線に漕ぐ。距離は500m。ナーン川は朝までの大雨で増水し、流れは速くなっている。更に漕ぎ手の数が多いから日本のレースでは考えられないほどのスピードが出る。500mの距離を1分15秒ほどで漕ぎ抜く。日本選手権では静水200mの距離だが、有力チームでもゴールまで1分弱かかる。ナーンのレースの勇壮さと迫力が分かってもらえるだろうか。
ナーンのドラゴンボートはあまりにも鋭く細いので船首と船尾、それぞれ4,5名の漕ぎ手は互い違いに一人ずつ座る。中央部分に左右2名の漕ぎ手が座る。鼓手は乗らない。漕ぎ手と舵手のみ。舵手は大きめのパドルを使い、舵ばかりでなく自分も左右に漕ぐ。漕ぎながら舟の進行方向を調整するのだろう。漕ぎ手のパドルはブレード(水を?く部分)が木の葉形で世界標準より少し小ぶりだ。
日本では女子を入れた混合艇、ジュニアなどのカテゴリーがあるが、ナーンの舟に乗るのは屈強な男だけ。タイの祭りは男だけのものだ。(続く)
写真はナーンでみたドラゴンボート