チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

モノづくりの心

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モノづくりの心

■最先端を行く日本の金型技術
十数年前、シンクタンク勤めをしていた時、金型(かながた)について勉強したことがある。

同じ形状のものを大量に作るには金型が必要である。いまや車のボディ、携帯電話部品の金型製造は日本の独壇場であるが、当時から日本は金型技術で世界のトップを走っていた。製造業発展のカギは金型技術にありと、マレーシアのマハティール首相は喝破して、何度も川崎や東大阪に足を運んだ。川崎や東大阪には金型関係の中小企業が密集している。なんとかその技術をマレーシアに持ち込もうとしたのだ。

金型の専門誌「型技術」の編集長から、数年分のバックナンバーを貸してもらい、それに読み耽った。いつも新年号は金型製造の技術者による座談会が掲載されていた。彼らの鼻息は荒かった。「アジアの国々にはいくらでも技術を教える。彼らが追い付く頃には我々はもっと先を行っている」。

CAD/CAMなどコンピュータによる金型作りが当時から喧伝され、何処の国でも金型を作ることができると言われていた。
しかしIT技術が進歩した今でも、一般家電はともかく、中国は精密な金型を作れない。80年代からサポーティング・インダストリー(金型製造などの中小企業)育成を叫んできた韓国ではここ30年、同じスローガンを叫んでいる。マレーシア政府は「金型大学」まで作ったが結果は芳しくない。
超精密な金型造りは機械を越えた日本の職人芸、匠の技が必要とされるという。技術は一朝一夕になるものではない。たゆまぬ努力の結果である。

今でも「型技術」新春座談会で「彼らが追いつく頃には我々はもっと先を行っている」と豪語しているのであろう。

■共通するモノづくりの精神
こんな古い話を思い出したのは、イチゴ園でI君の父上のお話を伺ったからである。
ワーウィーのイチゴ生産設備をシンハの技術者が何回も見学に来たという。シンハと言えば日本で言えばキリンビール、タイを代表する大財閥だ。シンハはチェンライに大農場を持っている。その農場にワーウィーと同じ施設を建て、イチゴを生産するというのだ。

強力な競争相手の出現かという自分の心配を見透かしたように父上は言った。
「農場は平地にあり、イチゴが収穫できるのは乾季の涼しい時だけです。シンハは人寄せのためにイチゴ園を作るのでしょう」。
イチゴ作りのスタンス、意気込みが違う、シンハはコンペティターにはなりえないという自負が見て取れた。

工業部品の場合、金型さえあれば全く同じ形状の製品を大量に製造することができる。
しかし、日本の技術が集約されているとはいえ、イチゴ栽培は自然が相手。I君も「先週のイチゴと今週収穫したイチゴでは明らかに味が違うんです。水やり、肥料の組成、まだわからないことが多いんです」という。それだけにやりがいもあるし、研究のし甲斐もある。もしシンハがあちこちにイチゴ園を作っても、美味しいイチゴ作りのノウハウは簡単に真似できない。I君親子の話に「型技術」新春座談会と同じ頼もしさを感じた。

■農業は成長産業だ
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加の是非を巡って国論が二分している。TPPに参加すれば日本の農業は壊滅すると国内農業保護派は反発する。賛成派は国内総生産に占める農業の割合は1.5%、残りの98.5%が農業の犠牲になっていいのかという。
どっちが正しいのか自分にはよくわからない。でも金融、鉄鋼、石油、航空など政府の保護を受けていた企業は壊滅かそれに近い状態になったことを思えば、農業も政府の庇護から抜け出せば成長産業として生まれ変わる可能性があると思う。

豊かになったアジアでは「食べていくだけで精一杯」の生活から、「好きなものを選んで食べる」「ちょっと贅沢したい」というライフスタイルの変化が起こった。さらに先へ進んで、「もっと健康に、もっと長生きしたい」という要求が生まれてきた。そうなると今度は、高品質な生鮮野菜や果物、美容やヘルスケアなどの健康を意識した製品の原料となる安全な農産物の需要増につながっていく。

美味しくて安全なら1パック2千円のイチゴが飛ぶように売れるのだ。I君の父上のもとには日本のトマト、キュウリなどを生産して欲しいという要望が寄せられているという。アジアの金持は日本から野菜を取り寄せていたが、例の放射能騒ぎで輸入に支障が出ている。

I君の父上は農林水産省の出先に赴き、日本農業の海外進出を提案したという。役人の反応は「イチゴの株や野菜の種を持ちだすなんてトンでもない、日本の農業が守れない」というものだった。

思い切って海外生産、日本農業の再生はここにかかっていると同調する役人はいないのか。



写真上から「苺の苗」「ハウスの外側から」「出荷に使う専用ケース」