■ゴールデントライアングル
チェンセーンはメコン川に面している。上流の景洪からやってくる中国の小型貨物船がいくつか見える。対岸のラオス領に派手な建物が遠望できるが、これは中国資本で建てられたカジノである。メコン川に沿って1129線を約10キロ遡るとゴールデントライアングルに到着する。
センスのないドでかい黄金仏が目印だ。この仏様は数年前に来た時はなかった。
ゴールデントライアングルとは中国語で黄金三角、インドシナ半島を縦断するメコン川と、ミャンマーから流れ込むサイ川が合流し、ラオス、ミャンマー、タイの3つの国の国境が接する地点である。この付近は古くからケシの栽培が盛んであったが、麻薬王クンサーが出現してからは組織的なケシ栽培を行い、阿片の取引で繁栄し、国家権力の及ばない「魔境」と呼ばれていた。
1960年代にはクンサー軍、国民党軍第93師団、ミャンマー軍、ラオス軍の四つ巴、小説顔負けの阿片戦争が展開された。1996年にクンサーがミャンマーに投降したあと、タイ側では厳しい取締りにあって阿片は殆ど撲滅された。だが貧しいミャンマー、ラオスでは手っ取り早く金になる麻薬取引をやめられない事情がある。
かつての「魔境」も今は土産物屋が立ち並び、バスツアーの外人客がひっきりなしに訪れる明るい観光地となっている。
■オピウム(阿片)博物館
趣味の悪い黄金仏から歩いて2,3分のところにオピウム博物館ある。入場料は50Bだが4種類ある絵ハガキから1枚を無料でくれる。
中に入ると、中国人と思しき痩せこけた老人が横たわって、キセルから阿片を吸引している。ぎょっとするがこれがよくできた蝋人形。
清時代、中国人の理想の生き方というものがあった。それは若い時には商売に励み、蓄財に努める。60歳になった時にすべての資産を売り払い、それを阿片の丸薬に換え、阿片窟で阿片を吸引しながら暮らす。食事を忘れるほど心地よいので、1,2年で天国気分のまま、天国に旅立てる、といったものだ。
また清の時代、お見合いの時、「お宅では週何回、阿片をおやりになりますか?」といった会話が交わされたという。高価な嗜好品である阿片の吸引回数が多いということはそれだけ家庭の経済状態がいい、ということを意味する。日本でこんな質問したら、即、破談になるが。
博物館ではケシの花から阿片を取るための道具、阿片吸引のキセル、阿片の重さを計る分銅、阿片の包装などが展示されている。漢字表示が多い。阿片は清末期、紙幣の代わりに用いられていた。かさばらず、高価で広く取引されるからだ。阿片を積んだ船がメコンを行き来していたことは言うまでもない。
■ラオス領、ドンサオ島訪問
黄金仏辺りから舟でドンサオ島に渡ることができる、ドンサオ島はれっきとしたラオス領だがビザもパスポートもいらない。
ドンサオ島に行くにはツアー観光客は屋根つきの大型遊覧船に乗るが一般の客は4人定員の小型船を雇う。エンジンの音がすごいが、スピード感はある。この辺りのメコンは流れが早く、波がしらも立っている。波に船底がぶつかってバンバンと音を立て、飛沫があがる。お大尽が猪牙舟を雇って吉原へ、というには少し勇壮だが、400バーツの舟遊びは結構リッチな気分になれる。
舟はゴールデントライアングルから少し上流にあるミャンマーのカジノホテル(中国資本)を一望したあと、ラオス側にあるカジノを眺めながら川を20分ほど下り、ドンサオ島へ。
ドンサオ島上陸にあたってパスポートは不要であるが入国料として一人20B徴収される。島には10数軒の免税土産物店が並んでいる。以前はスコッチ、コニャック、ワインなど品揃えが豊富であったが、今は中国製のあやしい酒ばかりが目につく。
コブラやサソリを漬けこんだ焼酎も売っており、味見をさせてくれる。自分はこういったものを好まないが、何本もコブラ酒を購入する人もいた。
免税品のマルボロが1箱20B(50円)だ。中国製だが味は本物と同じとのこと。タイ製の煙草ならば1カートン60B、1箱あたり15円で買える。
ここでのお勧めはビヤラオ、ラオスのビールだ。黒ビールも頼んでハーフ&ハーフにして飲むのがいい。川面の直射日光に火照った肌に冷たいビヤラオは大変心地よい。チェンセーンの市場で買ってきた茹で南京豆かガイヤーン(焼き鳥)のつまみがあれば言うことはない。
小瓶が1本40B、アルコール濃度がいくらか高いのでほろ酔いとなる。
ラオスのビールやパンが美味しいのはフランス植民地時代の遺産と言う。ビヤラオ片手に植民地政策の功罪を論じるのもまた一興ではある。
写真は上から「黄金仏」「メコン川の風景」、一番下「ドッサオ島へ」