■海外飛躍の条件
英国が大航海時代以降、7つの海に雄飛し、世界に冠たる大英帝国を作り上げたのは、英国料理がまずかったから、という説がある。自国の料理にそれほど郷愁を感じなかったから、粗食の航海に耐え、20年、30年とアジアやアフリカの植民地にとどまり、時にはそこに永住することができたというのだ。
フランス料理、イタリア料理と聞けばワイン、キャンティーと共に料理のイメージが思い浮かぶが、英国料理で美味しいものというと、さて、と頭をひねってしまう。サマセット・モームは「英国で美味しい食事を取るならば、3食朝食を食べるべき」との名言を残しているし、「英国料理に必要なものは調味料ではない、麻酔薬だ」と言った人もいる。エスニックジョークでは、この世にありえないものの例として、ドイツ人のコメディアン、イタリア人の哲学者などと並んで英国人のシェフが出てくる。
■和食への執着
その点、日本の料理はその味、繊細さについては世界的な定評がある。英国の料理はまずい、と認める英国人は少なくないが、日本人で「和食なんて食えたもんじゃないよ」、という人はまずいないだろう。
ロンリープラネット・タイ版には、「ここのうどんはお湯で薄めた醤油に、スパゲッティのような麺が入っている。食べるのは和食に郷愁を感じる日本人だけだろう」という日本料理店の紹介記事がある。それだけ日本人は和食に拘るということか。
日本人は外交官であれ、商社の駐在員であれ、時にはパック旅行の短期海外旅行者であっても「早く日本に帰って温泉につかり、熱燗でマグロやヒラメの刺身を喰いたい」と思っている。素晴らしい食文化を持っていると、つい里心がついてしまって、異国に骨をうずめる覚悟が持てなくなるのかもしれない。
■チェンライの和食店
バンコクには3万人の邦人がおり、タイ人にも和食は人気がある。築地直送の魚が毎日空輸されてくるし、バンコクでは刺身、天麩羅、鰻丼、あらゆる和食が食べられるといってもいいだろう。ネットには300軒以上の和食店が紹介されている。
チェンライにも日本料理店が10軒はある。日本食材はコストが高いので、料理単価が高くなり、タイ人相手では中々経営は難しいようだが、結構頑張っている。
3月末にチェンライにセントラルプラザという地上3階、地下1階の巨大ショッピングセンターがオープンした。チェンライでは初めてのデパートらしいデパートだ。ロビンソンデパート、食品スーパーのトップスをはじめ衣料品、電気製品、銀行など250店舗が集まっている。
そこのレストランコーナーに、フジ、やよい、すきしなどバンコクでチェーン店を展開している和食店が入った。
すきしはビュッフェ形式、299バーツ（800円弱）ですき焼き、しゃぶしゃぶ、寿司、デザートなどが食べ放題、他の店ではカツ丼セットなどの定食が日本円で300円ほどである。
タイ焼きそばがせいぜい100円であるから、こちらの物価水準からすればかなり高い。中産階級の台頭著しいタイではあるが、平日だと客の入りは半分くらい。まだまだ和食はタイの庶民にとって高根の花である。
■食材豊富なタイだが
ウズベキスタンの首都、タシケントには自分がいた頃、純粋和食の店はなく、韓日料理店が2軒あっただけ。鍋焼きうどんを頼むとキムチやナムルの前菜が出てきた。タシケントに比べれば、日本食に関する限り、チェンライは天国みたいな所だ。
タイ料理は一切口にせず、和食だけで通している邦人がいるが、ウズベクであったら餓死する恐れがある。
トップスには醤油、味噌、穀物酢などの日本製調味料はもちろん、まるちゃんの即席ラーメン、桃屋のシナチク、大吟醸酒、いいちこ焼酎まである。しかし、季節の野菜、海の魚はなかなか手に入らないし、あっても味がいまいち。
最近、刑事ドラマ「相棒」を見ている。小料理屋「花の里」で杉下右京がたまきさんと熱燗を酌み交わしているところを見ると喉が鳴るし、右京が小野田官房長と「回転寿司」を食べている場面でさえ、あーあ、いいもの食っているなあ、と羨ましくなる。
それならちょっと帰国して、好きなものを腹一杯食べてくればいいじゃないか、そのうち食べたくても食べられない日が来るんだよ、と兄は言う。
歯もなくなり、ミキサーにかけた食物を口に運んでもらっている母を見ていると、兄の云うことはもっともだと思う。だが、帰国するにはタイ料理で増えた体重を落とすことが先決だ。このまま帰国して好きなものを食べたら、ドラエモン体型になってしまう。
写真上から「すきしの食べ放題」・「すきしの入口」、「やよい」・「やよいの肉丼」、「フジ」。
円高でバーツはバンコクの両替屋で100円が38.4Bになりました。
