チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

ラオス旅行 11

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

ラオス旅行(11)

■ウィーンの夫妻と夕食
退職者と仰っていましたが、どんなお仕事をされていたのですか、と尋ねると、ウィーンで判事をしていました、とマンフレッドはゆっくりした英語で答えた。奥さんの補足説明ではかなり上級の裁判所の判事だったらしい。

ルアンナムターに来る途中の山道で、2台の車が接触事故を起こしていた。2台の車が山の壁面を削った細い道をふさいでいるので、後続車は通れない。早く1台でもバックして道を空ければいいものをと思うのだが、関係者は接触箇所の写真を撮ったり、野次馬に何か説明したり、なかなか事故車をどかそうとしない。ミニバスに乗っていたファラン達も車から出てこの様子を眺めていた。時間がかかりますね、と傍らのマンフレッドに言うと、彼は「たぶん、弁護士が来るのを待っているのでしょう」と言って笑った。それほど面白くないジョークではあったが、元判事と知っていれば、もう少し笑ってあげられたかもしれない。

それぞれに注文した料理が運ばれてきた。二人は飲まないといったが、自分は失礼を省みず、ビヤラオを注文。旅行中、昼と夜はこれがなければ生きていけない。今日はバスの長旅で初めて飲むビールである。実にうまい。二人は、これ、美味しいよ、あなたもこれを食べてみて、とごく自然に自分たちの料理を分け合っている。年を取っても仲睦まじい夫婦はいいものだ。

■アカ族について熱弁をふるう
明晩、ムアンシンの満月祭りがあります、明日、車をチャーターしたので同行しませんかとのお誘いに、二人は大喜びだった。自分もうれしい、費用がこれで3分の1になった。
夫妻は以前リス族の村を訪れ、大変歓待されたことがあり、それ以来、タイ、ラオスに住む少数山岳民族に興味を持つようになったのだという。話は、リス、アカ、モン、ラフなどタイ北部からラオス、中国雲南省に住む少数山岳民族について、アカ族とその民俗について、アカは日本人のルーツか、と進む。この手の話は何度もやっているので口も滑らか、とどまるところを知らない、と言っては大げさだが、ビールの酔いもあってテンポ良く進む。なにせこっちにはポール・ルイスと、鳥越憲三郎先生(二人とも著名な山岳民族の民俗学者)がついているのだ。夫妻は興味津津、目を輝かせて聞きいってくれる。まるでウズベクのカレッジの学生みたいだ。

あなたはザルツブルグセミナーに参加されたといわれていましたが、やはりその分野の方でしたか、とマンフレッドが感心してくれる。いやいや、シンクタンクにいたことがありますが、会社から派遣されたニセ研究員で、本来アカデミックの人間ではありません、などと謙遜しながらも、セイダにアカ族について何か発表されたことはおありですか、と聞かれた時には、ハイ、2,3報ですが、活字になったレポートはございます、と答える。それ、英語で読めないかしら。残念ですが日本のマイナーな会誌でして、云々。アカの村パナセリの訪問記をロングステイクラブの会報に何度か掲載してもらったことがあるので、書いたものが活字になった、はウソではない。しかしかなりのハッタリである。
ペラペラと臆面なく、と自分でも思うのであるが、これは非日常的な英語をしゃべっている、さらにビールによるハイテンション状況のせいである、とも言いきれない。

■まっとうな人のやり方
誰でも期待されている役割を演じなければならないときがある。ウズベキスタンで初めての教職についた時、学生の前では自信ある教師としてふるまうことを心がけた。
先進国日本からこれまでウズでは教えていない新知識を持った先生が来る、どんな話をしてくれるのだろう? 生徒は期待している。それを、「ボ、ボクは、教えることは初めてで、英語もヘ、ヘタで、大学は法学部だったから、経済のことは、さ、さっぱりわかんなくてね、間違ったらごめんね」とホントのことを言ったら学生はどう思うか。リングに上がるボクサーが「オレ、リング上がるの初めてで、せめてKOされなければ…」とか、ステージ上の歌手が「まだこの歌、よく覚えてないし、昨日飲みすぎで声の調子が今一つ・・」などとは言わない。リングに上がったら、ステージに上がったら、人々の期待に応えなければいけない。それがプロ、というよりまっとうな人のやり方だろう。

マンフレッドとセイダの前では彼らの期待を裏切らないよう、少数山岳民族のインデペンデント・リサーチャーを演じた。気がつくとレストランの客は我々3人だけだった。こんなにいいお話を聞かせて頂いたのだからと、夫妻は飲食代をどうしても受取ろうとはしなかった。(続く)


画像はお正月に行われていた「チェンライ花博」のスナップです。