チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

ブランコ祭り 2

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ブランコ祭り(2)

■ アカ族は遅刻常習者?
前号で万物創造の神、アポミエが各民族の男を呼んで妻を与えてくれた。ところがアカの男は遅刻したため妻を得ることができなかった、というブランコ祭りの始まりに関する言い伝えを紹介した。
アカ族は文字を持たない。これについても次のような口承が残されている。

ずっと昔々、ある若者がアポミエの神のもとへ行った。アポミエの神は彼に尋ねた。「お前は本が欲しいのかね?」。若者は言った。「はい、欲しいです。しかしその前に一度家に帰って、父と母に相談してきます。すぐ戻ります」。こういって若者は家に帰った。家へ帰る途中、若者はラフ族の男に会った。「アポミエの神のところへ行って本を貰いなよ」。ラフ族の男はシャン族の男に会って言った。「アポミエの神の所にいって本を貰いなよ」。(注.ラフ族も文字を持たない)
シャン族の男はアポミエの神のところへ行って本を貰った。シャン族の男がアポミエの神から貰った本を抱えていると中国人と白人に出会った。シャン族の男は「アポミエの神は誰であれ、訪ねてきて乞うものには本を与えてくれるよ」。こうして中国人も白人もアポミエの神から本を授けてもらった。

アカの若者が年上の男と一緒にアポミエの神のところへ戻ってきたとき、神は言った。「本は他のものがみんな持っていってしまった。でも、本当に本が欲しいのであれば、水牛の皮に本を書いてやろう」。
アカの男たちは水牛を1頭殺し、皮をはいだ。神は彼らのために皮の上に本を書いた。アカの男たちがその水牛の皮を持って帰る途中、川が氾濫していて食べるものが無くなってしまった。(不思議なことが次々に起こり、それが水牛の皮のせいだ、というストーリーもある)1人の男が言った。「本を火であぶって食べてしまおう。そうすれば我々はずっと本をお腹の中に持ち続けることができる。アポミエの神が我々に書き与えてくれた言葉を忘れることがない」。彼らは水牛の皮をあぶって食べてしまった。だから、アカ族には文字というものが今でもないのである。アカ族には強大な支配者がいないし、暮らしは今でも大変貧しい。それは水牛の皮に書かれた神の本を彼らが食べてしまったからなのだ。

■ 歌垣(かがい)
神様のもとへ行くのが遅れたけれどもアカの男は「天の羽衣伝説」のように森の妖精を妻とすることができたし、文字を持たない代わりに豊かな口承文化を保持している。
アトゥが「歌と踊りの夕べ」に自分が参加できないこと残念がったが、ブランコ祭りに先立つこの歌と踊りの催しは、平安時代の日本にあった歌垣と同じものだ。アカの歌垣は内容豊かなものと聞く。

ある資料は次のように伝える。
ブランコ祭りの日、夜の帳が下りると、村の広場で歌と踊りが始まる。ウロ・アカ族では男女が輪になったり、二列になって向かい合い、恋の歌をうたう。これはかつてアカ族の若者達が、即興による歌のかけあい(歌垣)によって恋を成就させていたことの名残である。今では少なくともタイのアカ族の間では、歌垣本来の手法である即興による歌のやりとりはすたれてしまっているようだが、彼らがうたう歌詞には、かつての歌垣で多用された内容が形式化して伝承されている。
 暗闇の中に、男女数十人が、アカ族独特の張りのある声の合掌が響き渡り、その歌声は夜更けまで、ときには明け方近くまで続く。歌をリードする年長者が最初の一小節を歌うと、一拍遅れて他の者達が合唱で続く。多くの歌声が共振し合って、荘厳で美しい響きを奏でるという。アカの娘と若者は歌の掛け合いを通して二人の思いを確かめ合い、そして手を取り合って暗い森の中へ消えていく・・・・

1976年に放送されたNHKの大河ドラマ、「風と雲と虹と」で加藤剛扮する平将門が従兄弟平貞盛(確か山口崇)に誘われ、筑波山で開かれる歌垣に行く。歌垣に来る者の殆どは若い男女である。ドラマでの歌垣は広場の中心に火が焚かれ、その周りを若い女が歌いながら廻る。集まった男女がそれに合わせて歌い、踊りだす。歌い踊りつつ、目当ての異性もしっかり値踏みする。やがて好みの異性を見つけ、意気投合したカップルはその場から離れていく。(将門が契りを結んだのは真野響子扮する良子だと思い込んでいたが、ネットで確認してみると将門が歌垣で出会ったのは多岐川裕美演じる小督の姫君となっている。記憶はあてにならない)。

歌垣は「盆踊り」に形を変えて現代の日本に受け継がれている。浴衣姿の彼女や踊り上手の彼氏に惚れて、そのまま会場から暗闇へ消えていくカップルもいるのではないか。