チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

介護ロングステイ4ヶ月 2

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介護ロングステイ4ヶ月(2)

果物を食べ終わる頃を見計らって、ブアが薬を持ってくる。朝は5錠飲まなければならないから大変だ。日本にいた頃、嚥下障害があって、薬を飲むときゲホゲホやることがあり、ティッシュやタオルをそばからはなせなかった。こちらではむせることがほとんどない。薬を水でのむことを嫌がるときはブアがバナナに錠剤を仕込んで食べさせることもある。どのような薬であるかは、今はインターネットで調べられる。血液をさらさらにする薬と軽い精神安定剤、胃腸薬といった組み合わせのようだ。認知症が治る薬はまだこの世にはないから仕方はない。

母の病状は午前中、落ち着いていることが多い。受け答えもできる。しかし自分の息子を認識できないことはある。「私は中西エミと申します。え、あなたも中西? 同じ名前なんて偶然ですねー」。自分に「お父さん」と呼びかけることもある。お父さんじゃなくて息子だよ、というと不機嫌な顔をして「分かっているよ」などと答える。認知症は時間と共に進んでいくのであるが、その進み具合は一定ではなく、時として正気ではないかと思うくらい意識がしっかりしている時もある。いわゆる「まだら呆け」だ。

病人にも見栄があるのだろう。我が家にお客さんが見えると急にしゃんとする。頓珍漢なところはあるが来客者と会話も成り立つ。「私は中西エミです。いつも息子がお世話になっております」。「お母さん、お元気ですね、覚えていますか、こないだお邪魔したKです。女の人と一緒にきたでしょ」。
「まあ、女の人が一杯いていいですね。ハハハ、冗談、冗談」。
兄と自分は顔を見合わせる。ばかに愛想がよく、普通にしゃべっている。いつもはしかめ面で「おなかが痛い、足が痛い、歯が痛い、手が痛い」と自分の不安を訴えるだけなのに。

日本にいたときも、同じようなことがあった。自宅に月一回、ケア・マネージャーさんが訪問してきて母の病状を確かめる。「家事などはされるのですか」、「はい、主婦ですから、炊事、洗濯などしております」。思わず兄と顔を見合わせる。母が家事全般に手を染めなくなくなって3年以上経つのだ。我々に対してはいつも訳のわからないことをいっているのに、こういうときだけはまともに受け答えをしている。お陰で要介護度がランク3からランク2にされてしまった。介護をされている方はご存知と思うが、介護をする家族にとって要介護度の認定はかなり重要だ。受けられる公共サービスの範囲が違ってくる。

介護関係のレポートを読むとこの「まだら呆け」はいろいろと問題を起こす。長男の嫁がシモの世話を含め、一生懸命、姑の世話をしている。徘徊もある、時には大声で叫ぶ。それを宥めて、ゴハンを食べさせたり、話し相手になってやる。そこへ遠くに住んでいる小姑たちがやってくる。するとお母さん、しゃっきりとして「○子さんが、結構きついんだよ」などと同情を引くような話をする。認知症初期には被害妄想もあるから、お金を取られたなどと言いつける。

すると、小姑たちが「○子姐さん、お母さんの面倒をしっかり見ていないんでしょう」とか、「お母さんの預金通帳は誰が管理しているの」と非難がましく尋ねる。夜もろくろく寝ずに、あんなにお世話をしているのに、お義母さんは全然分かってくれていない、それに介護の苦労も知らずに小姑たちの言い草はなんだ、と長男の嫁さんがキレるというパターン。

幸い、我が家は係累が訪れてきて、あれこれ言うことはない。認知症で人格が変わっても最後までその人らしさは残るという。母は、日に1回か2回、シャワーを浴びさせてもらう。体を流してもらっている間中、「冷たい、熱い、やめて、何でこんなことするの」と大声で叫び通しだ。しかし、バスタオルで体を拭いてもらうころになると、「ありがとう、おねえさん」という。ゴハンやおかずが食卓に運ばれてくるたびに「まあ、おいしそう、ありがとう」という。

こちらに来て足がしっかりしてきたため、夜中に室内を歩き回り、女中が余り眠れないこともある。トイレの場所を認識していない母の発する単語を聞き分けて、トイレまで手を引いていくのも、夜中に何度も紙パンツを取り替えるのも女中の仕事だ。そんな時、母の「ありがとう」の一言は彼女たちの苦労を癒してくれる。「ママサン、アリガト、アリガト」、彼女たちも笑顔で応える。不安感から体の不調を訴え、助けてくださいと一日中懇願する母ではあるが、ふと正気に戻る時、感謝の気持で心が満たされているのではないかと思うと自分も癒される気がする。

画像はドリアンとランブータン