チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

運動不足

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運動不足

海外日本人学校の子供はおしなべて日本の子供に比べて50メートル走や俊敏性といった運動能力が低いといわれる。それはスクールバスや親の車での送り迎えで登下校する、学校に運動場があるとは限らない、また誘拐される危険があり、外で遊ぶ機会も少ないということで運動不足になるからだ。

子供だけではない。海外で暮らす日本人はえてして運動不足になりがちだ。それは車を利用することが当たり前になって歩く機会が少なくなるせいだ。運動不足のうえ、カロリーの高い食事を取るので太ってくる。

ミラノ駐在だった友人がいる。帰国して会ってみたら横幅が2倍くらいに増えていた。どーして、と聞くと、仕事柄、昼食、あるいは夕食を挟んでのビジネスが多かった、イタリア料理のフルコースを1晩に2回食べることもあったという。また日本から出張してくるお偉いさんたちもロンドンやデュッセルドルフでの苛酷な仕事を終えて、ミラノではゆっくり旨いものを食べるぞ、と意気込んでやってくる。
大体、欧州出張の最後にミラノが組み込まれている。「サビーニやリーゴロといった高級レストランでフルコースをお楽しみのところ、実は私、昼、それと同じものを食べたのでスープとサラダで結構です、なんて言えないじゃないか、俺の体重増加による腰痛、痛風は公傷みたいなもんだ」と笑っていた。あれだけ太ると糖尿病、高脂血症痛風、高血圧、動脈硬化、心臓病のどれか、もしくは全部に侵されてしまう。

大体、痛風や糖尿病は戦時中にはなかった病気らしい。ホモサピエンスが誕生して以来10万年、人類はずっと食うや食わずの生活を送ってきたわけで、いつものが食えるか分からない、食えた時にはその栄養を体に全部蓄えておこうという遺伝子が組み込まれてしまった。日本人がおしなべて飢えることなくゴハンが食べられるようになったのはここ50‐60年の話ではないだろうか。これくらいでは遺伝子は変化しない。

実は日本人が摂取している熱量(カロリー)は、40年前と比べそう変わっていない。しかし現在は、糖質や繊維質などが少なくなった代わりに、動物性脂肪の摂取量がグンと増えた。減らさねばならない脂質がどんどん体に入ってくる。それとは逆に、現代人が使うエネルギーは減る一方だ。重い布団の上げ下ろし、和式トイレにしゃがむといった生活はジムでバーベルを持ち上げたり、スクワットをするのと変わりはない。生活スタイルが変わり、運動不足、肥満傾向となった。

健康は誰もが関心を持つことであるが、これには栄養、休養、運動のバランスが大切といわれる。人間には食慾、睡眠欲はあるが、運動欲というものは本来備わっていないようだ。
ドラゴンボート」という比較的マイナーなスポーツに親しんだことがある。いろいろな仲間と練習やレースに参加した。仲間の何人かはスポーツフェチで筋肉隆々、そういう人に限ってすぐ裸になりたがる。3月の寒い時期でも上半身裸になる。いい体してんねー、と褒めてやると喜ぶ。これは男に限ったことだった。女性にもこういった傾向を持つ人がいたのかもしれないが少なくとも自分は上半身拝見の栄に浴さなかった。もちろんこの筋肉ムキムキは運動欲の結果ではなく、ナルシズムの発露と見るほうがいいだろう。          
ところで、こちらチェンライに来てほとんど体を動かさなくなった。住居はチェンライ市内から数キロ離れた、シンタニというタイの財閥が開発した住宅団地の中にある。ちょっと市内から離れているので、病院や学校、買い物に行く時は車かバイク利用となる。体を動かすどころか、ほとんど歩かない生活だ。

考えてみると、会社勤めは如何に健康的であったことか。私鉄、地下鉄の階段の上り下り、駅から会社、自宅まで速歩、意識せずにかなりの運動をしていた。ご飯半膳80キロカロリーを消費するためには平泳ぎ8分、自転車13分、軽いジョギング10分と並んで、立ったままの姿勢20分と書物にでているから、満員電車の通勤も健康維持のためには効果があったのだろう。(ストレスはあったが・・・・) 適度の運動は体重を減らすことにそれ程効果はないが、体力の維持には効果があり、長寿に結びつくという。

母はこちらに来て、ずいぶん歩けるようになった。夜昼区別のつかないこともあって、真夜中でも室内を歩き回る。車に乗ってパソコンの前からほとんど動かない息子よりずっと歩いている。適度な運動の継続により、母は体力を回復し、更に長寿をつづけることになるのだろう。

画像は市場で見かけた食材