タイ語
言葉も出来ないで外国にいったりしたら大変でしょう、と言われる。女中さんは英語が分かるのでしょう?と、女中と意思の疎通が出来ていることが前提、と決めてかかる人もいる。こっちはタイ語が出来ず、女中さんは、日本語はもちろん英語もダメ、毎日大変です、というのが答えである。母の病状がのっぴきならないところまで悪化していたこともあって、渡タイするにあたって、語学習得の下準備は出来なかった。日本にいてはだめだ、行けば何とかなる、の南米移民の気持で国を出たが、幸い、いろいろな方の助けがあって介護ロングステイを比較的スムースにスタートさせることが出来た。しかし、買い物、インターネットの繋ぎ込み、電気、ガスの支払いなど日常生活で言葉が出来ないことは大変なハンデだ。
チェンマイで発行されている邦字紙「ちゃーお」によると、日本人退職者と現地女性の結婚成功率は5%だという。別れる理由の大半は意思の疎通が出来ないことだ。お互い、言葉が出来ないのによく結婚するよ、と思うがこれは事実である。うまくいっている退職者とタイ女性カップルは、男性がタイ語を、あるいはタイ女性が日本語を話す、といったケースがほとんどだ。
タイ語は日本人にとって習得が難しい言語の一つと言われる。タイ語3つの難関は(源忞↓発音、声調だ。芋虫が転がりまわっているような「コーカイ(いろは)」というタイ文字はサンスクリット語が起源のアルファベットとは似ても似つかない文字だ。日本語の母音はアイウエオの5つだけだが、タイ語の母音は何と18。日本人は発音でつまずく。中国語は四声と言って4つの声調があるが、タイ語は5つ、声調のせいで市販の会話帳のカタカナを読み上げてもまずタイ人には通じない。更に、一生懸命タイ語を日本で学んできた人がチェンライに来て激怒するのは、習ってきたタイ語が全然通じないということだ。発音、声調、単語が微妙に違う。標準語を学んで日本に来た外人が、東北の山奥で「んだす」と言う人と会話するに等しいらしい。
こちらで結婚したカップルで、男性がタイ語を習い始める人がいるのは事実だが、大概挫折してしまう。代わりに奥さんに日本語を勉強させる。日本人がタイ語を習うより、タイ人が日本語を習う方が、授業料が格段に安いからですよ、と言う人がいたが、タイ女性の場合、生活がかかっているし、亭主より30歳、場合によっては40歳くらい若いから、習得が早いのであろう。かくして、語学の障害を克服して、タイで楽しい結婚生活を送っている日本人が数多くいる。
自分も女中さんを日本語学校に通わせようと考えないでもなかったが、旅行する時につれて歩くわけにもいかない。語学は荷物にならないからこの際、まじめにタイ語を学ぼうと決めた。チェンライには日本人の経営する語学学校が2つある。またネットで見ると外人相手の学校もあることが判った。その一つ、Wxx スクールに見学に出かけた。ワンカム・ホテルの裏側、紅灯緑酒、バーやマッサージ・パーラーが立ち並ぶ一角を少し奥に入ったところにあった。看板には「10時間でタイ語が話せるようになります」と書いてある。入り口が閉まっているので、そのまま帰ろうとしたら、バイクに乗った50代の女性がやってきた。こっちこっちと手招きをして教室の鍵を開けてくれた。この人が先生らしい。10時間で1時間当たり400Bのところ、特別に300にしましょう、個人授業ではなく2人習うのでしたら250Bにまけます。薄暗い中で説明を聞いていたせいか、何となく怪しい。水晶玉を前に、あなたには落ち武者の霊が取り付いています、と呟くほうが似合っている感じのおばさんだった。
人に聞いたり、見学したりして、AUAランゲージセンターという学校で個人教授を受けることにした。授業料が安いことと、先生が若い女性だったことによる。英語での授業だが、「違法献金が明らかになってもなぜ小沢は辞めないのか」といった話題が授業中出るわけはないので何とかなりそうだ。野上弥生子は70近くなってドイツ語を学び、82歳でスペイン語を始めた。彼女が語学に取り組んだのは敬慕する哲学者田辺元の影響だとも言われるが、語学は老人に残された最後の趣味だ。語学は頭の良し悪しではなく、鈍と根の2つ、何とか続けて、友人がチェンライに来たとき、おねーさんの間の取り持ちが出来るくらいにはしゃべれるようになりたい。
画像は自宅の庭にて