





正月も閑居して
■正月行事
日本のニュース動画をよく視聴する。日本では1月も結構、慌ただしく過ぎる。初詣からが始まって、イベント、記念日、伝統行事食、風物詩と元旦からいろいろな伝統文化に基づいた行事が目白押しだ。
先ずは初詣、おせち料理、年賀状 に代表されるお正月、お正月は元旦から7日までの松の内を言うらしい。松の内の期間は関東では七草粥を食べる7日まで、関西では15日の小正月までとされることが多いようだ。年賀の贈り物は松の内であれば「御年賀」と書いて、松の内を過ぎたら「寒中見舞い」として贈るのが礼儀だ。
松の内が過ぎると門松や松飾を外す。また松の内は家の大掃除、模様替えは禁物、松の内は年神様が家にいらっしゃるので、神様を追い出すような行為は縁起が良くないとされる。
今年の仕事始めは5日の月曜だった。職場ではおめでとうございますの挨拶が飛び交ったことと思う。でも本来の年始の挨拶は松の内だけが目安、それ以降は「本年もよろしくお願いします」に留めておくことがよろしいとのこと。
1月は箱根駅伝、小寒、元始祭、鏡開き、成人の日、小正月、どんど焼き、二十日正月などの行事や初泳ぎ、寒中修行、更には正月も休まず受験特訓などが放映される。
こういった動画を見ると、やはり1月は年の始め、気持ちを切り替えて頑張ろうという気が湧い来る。でもそれも一瞬のこと、乾季とはいえ日中はTシャツ、短パンの生活、バナナやパイナップル、スイカは一年中ある。街ではまだクリスマスツリーが飾ってある。
元旦は雑煮を食べ、大吟醸で祝ったが、わが日本伝統継承事項はこれくらい。写真撮影に行ったチェンライ花祭り会場にはクリスマスツリーがまだ3本飾ってあった。夜は電飾がともされる。そうこうするうちに2月の旧正月、そしてタイ正月4月のソンクランとなしくずしに日々が過ぎていくのだろう。
■正月のニュース
異国に住まいしているせいか日本のニュース動画にあまり興味がわかない。火事、交通事故、殺人傷害事件、誰かが詐欺にあった等々、何か他人ごとの気がする。被害にあわれた方は大変な思いをされただろうし、同情するが正直、真実味が湧かない。でもこれはタイで孤独死した老人がいると聞いても「はあ、それで?」と思う気持ちに似ているのではないかと思う。
内外の政治経済ニュースもは表面的な事実の羅列で事件の核心とか前後関係の説明がない。政治経済は保守系論客の解説を視聴しないと問題の本質がわからない。専門家の解説を何本か視聴して、「ン、この人の言っていることは腑に落ちる」、「この人の見解はどうかなあ」などと自分なりの評価基準をもって聞いている。例えばウク露戦争は3年前から続いているが、ロシアのウクライナ侵攻の前後に、専門家の先生方がどう言っていたかを思い出しながら、今の発言を聞いている。コロナ問題だって、2020年には大学の先生がコロナで40万人は死ぬと言っていた。
高市首相の存立危機事態発言と中国の反応、トランプ米政権によるベネズエラ急襲作戦 など昨年から今年にかけて歴史に残る事件が起きている。時間はあるのでいくつも動画を視聴するのであるが、SNSにはアルゴリズムで「あなたにはこういった動画がお薦めです」と同傾向の動画が次々に紹介される。ついつい、そういった動画を視聴して、「やはりC国は間違っている、日本は核武装を急ぐべきだ」といった意見に凝り固まってくる。人間、オレは正しいと思うとアドレナリンが澎湃と湧き出して元気になる。
■バカの壁
養老孟司先生の名著「バカの壁」には「人は知りたくないことに耳を貸さず情報を遮断する」 、「『話せば分かる』なんて大ウソ!」 とある。動画は「バカの壁」をつくるのに大いに貢献していると思う。個人的に壁を作っても誰とも意見交換しないという人間ならそれほど世に害毒は流さない。でも世の中、アイツの考えは間違っているという+-の2種類の人間に分かれてしまったらどういうことになるか。それこそ分断と排除の息苦しい社会になるだろう
バカの壁を破るには取りあえず、反対意見をそのまま素直に取り入れてみる、という態度が必要とのこと。
自分がプーチン首相の立場ならどう考えるだろうか。岡田克也立民党最高顧問はこういった背後関係があるからあの発言になったのか、意外といい人かも。
マドゥロ大統領の政権があれだけ長く続いた理由は何だろう。
でも反対意見をムリに肯定するよりも箱根駅伝をボンヤリ 眺めながら、「これこそドラマだ」と叫ぶスポーツアナに興奮するほうが正月の過ごし方としては上等であると思う。